2013年3月31日日曜日

旧友の家で思ったこと。

高校時代の旧友の家を久しぶりに妻と訪問した。彼は、筑波大学の芸術学群を目指していたのだが失敗し、京都の人間国宝に弟子入りしたという仲間内でも変わりダネである。修行を重ねた後、一般企業に就職したが、能力が高く営業マンとしても、技術屋としても非凡な才能を示したので、金持ちである。(笑)ところが昨年、ひと足早くリタイアした。今は、人間国宝の元で修行した螺鈿(らでん:貝の細工と漆でつくる木工工芸品)をひたすら楽しんでいる。悠々自適といったところなのだ。

彼は多趣味で、しかも凝り性である。登山にはまっていたころは外国へも遠征したし、鉄道模型にいたっては莫大な金をかけている。今もジオラマは残っていて、埃をかぶっていながらもちゃんと動くのであった。うーん。鉄道模型はやはり趣味の王様である。物凄い手間がかかっている。

彼の螺鈿は、アマチュアの域をはるかに超えている。昔とった杵柄とはいえ、プロの技である。やはり、これがやりたかったのだと、人生を取り戻す勢いである。もちろん、彼の人生は順風であったわけではない。私にははっきり言わないが、それなりに悩みもかかえているらしい。

55年も生きていると、様々な人生に接する。高校時代からすると想像できなかったいろんな「今」がそこにある。まあ、先が読めないから人生は面白いのだと思うのだが…。

2013年3月30日土曜日

モザンビークの護民官

大阪梅田の関学・梅田キャンパスで行われた東京外大の舩田クラーセンさやか先生の討論会に参加してきた。タイトルは「日本の援助はいまアフリカで何をしているのか?プロサバンナ事業から考えるODA」である。舩田先生のブログ(アフリカ教育関連情報:リンク参照)はいつも拝見しているので、どんな方か実際にお会いするのを楽しみにしていた。予想を上回るパワフルで明晰な方だった。パワーポイントを使い解説していただいたが、実にわかりやすい。講演会ではないので、参加者とのやりとりを随所に入れながら、モザンビークで行われようとしているプロサバンナ事業について詳しく教えていただいた。その内容はかなりレベルが高かったが、ありがたいことに私にも十分理解が出来た。

モザンビークのプロサバンナ事業とは、日本がJICAの国際協力でブラジルのセラードで成功した農業開発を、よく似た地域であるモザンビーク北部でも行おうとする南南(途上国が途上国に協力する)プロジェクトである。

舩田先生のスタンスは、研究者として、そして声を上げられない人々の立場に立つ市民運動家の二つ。今回のモザンビークの事業については、先生は、まず研究者として学術的に分析されたうえで、次に事業反対の行動(NGOの代表として、日本・ブラジル・モザンビークの市民ネットワークをつくり、情報を共有しつつ、各国政府の議員や官僚、関係者に働きかける)に出ておられることを知った。舩田先生は、批判のための批判をするような方ではないのだ。学術的にこの事業の推移について詳細な調査(議事録・プレスリリース・インタヴュー・現地調査)をされている。そこで導かれた結論というのは、ものすごく簡潔に述べると以下のようなものである。

ブラジルでJICAが農業開発した「不毛の地」セラードと、モザンビークの北部は、共に森林サバンナであるが、モザンビーク北部は、小農が中心の、人口が多い(すなわち農業生産が盛んな)、豊かな土地なのである。彼らは、これまでにも綿花のプランテーション化を、種を煮るという手段で、2年間不作にしてまで頑張り、自分たちの土地を守った歴史をもっている。要するに、このような農業開発は、彼らにとって全く必要ないのである。

実は、今世界的に、土地や水の新たな争奪戦が起こっている。アフリカにも、土地を買収する動きが起こっている。このプロジェクトはその大きな流れの中にある。また、すでにそういう事実がわかっていながら、ブラジルがこのプロジェクトを進める理由、日本政府が進める理由についても詳細に語っていただいた。

舩田先生は、そもそもブラジルに留学されておられ、日系移民について研究されていた。しかもその留学の地が、セラードの地であり、現在の研究の対象であるモザンビーク(同じポルトガル語圏)だということで、今回のプロジェクトに疑問を抱かれたのだという。
舩田先生は、何度も「アドボカシー(Advocacy)」という言葉を使われた。ローマの護民官の名称から、「権利を巡る調整の活動」を意味するらしい。舩田先生は、モザンビークの護民官たらんと戦っておられるのだった。最終的には現地の人々の判断にゆだねるとのこと。大いに納得した次第。

ところで、この討論会、今まで参加した京大の公開講座や公開講演会、NGOの講演会とは全く雰囲気が違った。(反権力の)市民団体の研究会という感じだったのだ。私は、舩田先生の主張は正しいと思うし、批判のための批判ではない、行動力も素晴らしいと思う。だが、公立高校の社会科教師としては、これをストレートに生徒に伝えることには少なからず抵抗がある。様々な立場、見解をできるだけ正確に伝え、考えさせたい。そう思うのだ。今日、同席した旧知の(8校合同仮想世界ゲームに参加いただいた)府立高校のK先生ともそんな話をしていたのだった。今、検討中のアクティビティでも、最後の最後に、開発の影に潜むこういう問題について語ろうかと思う次第。なお、今回の舩田先生のパワーポイントの内容は全て公開されている。(この事実も凄い。)興味のある方は是非。
http://afriqclass.exblog.jp/17362546

舩田先生、貴重なお話ありがとうございました。「共感は国境を越える。」という言葉は胸に突き刺さりました。また関係の皆さま、ありがとうございました。大いに勉強になりました。

2013年3月29日金曜日

佐々敦行の新刊文庫本を読む。

年度末である。16:30から今日でご退職になる事務長の離任式が行われた。会議室で職員への挨拶の後、正門前で野球部やバスケットボール部などの生徒たちが参集して、校歌とエールで事務長を送りだしてくれた。体育科への風当たりがきつい昨今だが、今時こんな熱い離任式ができる公立高校が全国にいくつあるのだろうか。本校の桜は、ほぼ満開。花曇りなのが残念だが、懸命に本校に尽くしていただいた事務長にふさわしい門出であったと思う。42年間、本当にご苦労様でした。

さて、今日の本題である。佐々敦行の『日本赤軍とのわが「七年戦争」』(文春文庫/本年3月10日第1刷)を読み終えた。佐々氏の著作はほとんど文庫本だが読んでいる。国家的危機管理について書かれたものが多いが、教育現場でも役に立つ。こういうノンフィクション系の本を読むということは、著者の貴重な経験の追体験的な行為でもある。この本は、よど号ハイジャックから始まる日本赤軍の話である。いくつか面白い逸話が書かれていたので紹介しておきたい。

よど号事件の際、犯人が長い機内でアジ演説をした。あの「われわれわぁ~」というやつであろう。この中で「ハイジャック」という語が使われたらしい。終わりに「何か質問は?」と言ったところ、「ハイジャックって何ですか?何語でスペルは?」という声があがり、犯人は答えに窮したそうだ。すると、聖路加国際病院の理事長が「君たちは学生だろ?ハイジャックをやるなら、その意味やスペルぐらい勉強しておきなさい。それは英語で昔英国で起きた馬車を狙った路上強盗のことだよ。スペルは、H、I、J、A、C、K」と講義したのである。犯人は「どうもすみません。」と答えたそうだ。…いい話だと思う。まさに硬骨漢。

このテルアビブ空港乱射事件の時、犯人は自爆するのだが、その方法が凄い。顎に手榴弾を両手であてがうのだ。顔、指紋を同時に判別不可能にするためのものらしい。もちろん考案したのは日本赤軍ではなく、パレスチナゲリラであるという。なんとも凄まじい。なおこの時の日本大使は都倉さんという人で、その息子が都倉俊一。ピンクレディーなどの曲で有名な作曲家だ。彼もイスラエル出国の時、日本人だという理由で厳しい身体検査をされ、パンツまで脱がされたという。
…私も妻も昨年のイスラエル出入国では、そういう歴史があるのでずいぶん緊張したのだった。今の若い人は知らないと思うけど。

1988年、G7のトロントサミットで、サッチャー英首相が、ハイジャック対策で「ノン・コンセッション決議」(テロリストと交渉しない、絶対に妥協しない、獄中の犯人釈放と身代金支払いに応じない)に続いて、「ノン・テイク・オフ」決議を提案する。サミット国の主権の範囲内で起こったハイジャックは、ハイジャック機を飛び立たせて他国に問題解決をたらい回ししないこと、自国政府の責任において解決し、他の国に累を及ぼさないことという内容である。日本の三木・福田政権の一連の弱腰に対して批判であった。これに賛成したのは米国、英国、カナダ。反対はフランス、西独、イタリア。真っ二つに意見が割れた。当時の総理は竹下登。佐々氏はご下問を受け、次のように答えた。

「サッチャーに賛成すべきです。長年ハイジャックを担当してきた私としては、総理にキャスチングボートを行使して『ノン・テイク・オフ』を国際公約としていただきたい。クアラルンプール、ダッカの恥を雪ぐべき時です。歴史的に見ても、日本はアングロサクソンと組んだ時栄え、独・伊と組んだ時亡びました。」…竹下首相は一笑し、後に賛成票を投じた。

私も、このアングロサクソン云々は、佐々氏の歴史に残る名言(迷言?)だと思う。(笑)

2013年3月28日木曜日

BRICSの開発銀行とコンゴPKO

ここ数日、アフリカにとって大きな影響を与えるニュースが二つ報道されている。ひとつは、ダーバンで行われたBRICS(Sは複数形ではなく、南アを示している。)のサミットで、とにもかくにも開発銀行設立という話だ。世銀やIMFが先進国の意向を反映していることに対し、BRICSが独自に開発銀行を設立し、アフリカやアジアに融資していこうというものである。今朝の日経には、そのことが詳しく書かれていた。

BRICSは、このところ経済成長に陰りが見え始めていて、以前のような元気がない。たとえば中国は、大量の安価な労働力が売りだったが、このところ賃金面で他の途上国との格差が出始めている。内需への転換が必要らしい。ロシアは、天然ガスなどの第一次産品が好調なわりに、国内産業の成長が進んでいない。インドは海外投資が減少し、成長に急ブレーキがかかっているらしい。ブラジルと南アはまずまずだが、およそ以前の高成長率状態ではないのだ。で、とにかく設立はするよ~という宣言で終わったらしい。
とはいえ、BRICSが開発銀行を設立することは確かなようで、これまでの開発資金=世銀・IMFという体制を、根本から揺るがすことはまちがいがない。

もうひとつは、コンゴのPKOに戦闘部隊を組み込むことが、国連の安保理で決議されるらしいということだ。PKOは、ソマリアでの失敗以来、その名称どおり、基本的に市民や人道支援関係者の保護などが主目的で、治安維持部隊であるといってよい。コンゴの場合、それでは全く解決しないということなのだ。それは確かにそうなのだが、国連は積極的に反政府勢力に対し、「平和の強制執行」を行うというのである。美句ではるが、要するに反政府勢力に攻撃を加え内戦を終結させるというのである。現在のところ、南アやタンザニア軍、3000人がその任にあたるらしい。AUなどアフリカ諸国の連合軍も考慮されたらしいが、資金や装備不足で流れたという。AUのアフリカの紛争はアフリカの手でという原則も、なかなか現実的には難しいわけだ。

この国連PKO攻撃部隊組み込みには、フランスが最も積極的なのだという。現在、フランスはマリで反政府勢力と戦っているが、1カ月半で1億ユーロの戦費を使ったらしい。フランス国内からは、失業対策などもっと重要なことがあるだろうという批判が噴出している。さらに先日追い打ちをかけるように、中央アフリカ共和国でもクーデターが起こった。旧植民地であるこの地でも最近ウランやダイヤモンド鉱山などが開発され、フランス人が多く在留している。彼らと空港などを守るため550人のフランス軍を急きょ派遣したところだ。フランスとしては、これらを国連のPKOに任せ、国内の批判をかわしたいというのが本音で、コンゴのPKOの件を積極的に進めるのはまさに国益である。中国とロシアの動きは定かではないが拒否権発動はない模様。イギリスもフランスほど積極的ではないが賛成。明日は我が身という国益か。あまりに乗り気でないのがアメリカなのだという。理由は2つだと私は思う。ひとつはソマリアでの苦い経験。もう一つは、国連の拠出金の問題だ。アメリカは最も多くの拠出金を出している。分担率は22%である。PKOの戦費は直接アメリカに跳ね返るわけだ。

ちなみに、国連拠出金の分担率は、第二位は日本。10.833%。第三位はドイツ。7.141%。この話、日本は決して無関心であってはいけないのではないかと思うのだが…。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2706C_X20C13A3FF1000/
http://mainichi.jp/select/news/m20130328k0000e030237000c.html
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jp_un/yosan.html

2013年3月27日水曜日

日経 独紙のキプロス分析

キプロスの金融危機が問題になっているが、このキプロスというのは、キプロス島南部のギリシア系(公用語がギリシア語で、正教会の信者が多い。)を一般にさし(国連加盟国のほとんどが承認)、北部はトルコだけが承認している別の国(トルコ系・トルコ語でイスラム教スンニー派の信者が多い。)だということは日本ではあまり知られていないのではないかと思う。最近の地理教育では、ますますそういう重要な事実を学ばない。中学でも薄っぺらな、それも限定された地誌しか教えないらしいし、高校では文系で地理を選択する生徒が減少している。地理の教師としては寂しいかぎりである。今日の日経に、ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙の「混迷するキプロス-大国、資源や基地を奪い合い-」を翻訳・転載している記事があった。これがなかなか面白かったのだ。

この記事は、ヨーロッパ人にとっては当然の上記のような常識の上で書かれている。要するに、キプロス(南キプロス)の敵は、トルコなのである。そもそもギリシアとトルコは今も極めて仲が悪い。で、敵の敵は味方である。歴史的に見てもトルコには、もう一つの敵がいる。ロシアである。トルコは今もカフカス地方に影響力を持っており、ロシアは常に牽制しているのだ。ロシアも正教会であり、同じ正教会のキプロスを重要視することで睨みを南からもきかせているわけだ。ロシアのマネーがキプロスに流入していたのは決して偶然ではないのだ。

一方、キプロスは旧イギリス植民地であり、不沈空母としてイギリスは基地を有している。イラク戦争時には、ここから出撃した。ロシアは、今内戦で揺れているシリアに基地を持っているが、さすがにキプロスに基地を持つことはEUが許さないだろう。ちなみに、キプロスは、EUには加盟しているが、NATOには参加していない。もっと言うと、トルコはNATOに参加しているが、EUには入れてもらえていない。きな臭い中東情勢を鑑みる時、キプロスは地政学的にも極めて重要な島なのだ。

ところで、キプロスでも天然ガスが開発され有望視されている。この天然ガスを液化するプラントで投資するのが期待されているのはイスラエルだという。うーん。イスラエルまで絡んでいるのか。

こういう複雑な状況がキプロスにはあるわけだ。今日は、なんだか池上彰みたいなエントリーになってしまった。(笑)

2013年3月25日月曜日

習主席への祝電とナミビア

私は昔、前任校の時、読売新聞に授業の取材を受けたことがある。「教育ルネサンス」というコラムである。ちょうどブルキナファソに行っている間に掲載された。ケニア人生双六や識字などアフリカの教育問題をアクティビティと討議で行う地理Aの授業だった。

ちょっと恩義のある読売新聞なのだが、私は読売新聞はあまり読まない。最大の理由は私がアンチ巨人だからだ。(笑)その読売新聞、先日、京大近くのパキスタンカレーの店で久しぶりに読む機会があった。

面白かったのは、習主席の就任への祝電の話題だった。中国という国は、こういう時、ずらずらーと各国からの祝電を示すのだが、これまでなら一番先に北朝鮮からの祝電とするはずが、今回は3番目だったという。
…全くどうでもいいような話だが、かなり中国は北朝鮮の核実験に怒っているというパフォーマンスだといえるかもしれない。ちょっと調べて見た。人民日報(WEBの日本語版)に詳しく載っていた。発表された国名を順に記すと次のようになる。(同じ国がある場合のみ、その差しだし人を示した。)

パキスタン、ナミビア、北朝鮮(金正恩)、ベトナム、ラオス、スペイン、日本(天皇陛下)、韓国、バングラディシュ、シンガポール(大統領)、ザンビア、ニジェール、コロンビア、キプロス、ハンガリー、ウクライナ、北朝鮮(金永南)、シンガポール(首相)、日本(安倍首相)…。

読売新聞には、「なんと北朝鮮はナミビアの後で3番目だった。」と書いていた。私にとって問題なのは何故ナミビアが2番目なのかという事だ。実に不思議だ。中国は、多くのアフリカ諸国に投資しているし、資源も開発している。たとえば南アやアンゴラ、スーダンあたりが、2番目ならわかりやすい。…何故ナミビアなのだろう?どなたか明確な理由を教えていただければ幸いである。

一方、習主席はアフリカ歴訪中である。最初の訪問国はタンザニアだという。今日には南アに入り、29日からはコンゴ共和国(首都がブラザビルの元フランス領の方のコンゴである。)に向かうという。中国はアフリカのどの国を最も重要視しているのか?うーん。よくわからないところがある。それもまた中国のしたたかな外交戦略かもしれない。アフリカを考える上での中国の動き、全く目が離せないと思う次第。

http://j.people.com.cn/94474/8169093.html
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2501U_V20C13A3EB1000/

2013年3月24日日曜日

再び 全国高校薙刀選抜大会

「いいとこです!」 I君の3回戦
さて、再び全国高校薙刀選抜大会観戦録である。I君からの連絡では11:30開始だという。30分ほど前に着いた。ちょうど女子個人戦のトーナメントが最高潮に達している頃だった。応援が凄い。惜しい時、「いいとこ!「いいとこです!」と声がかかる。3人いる審判は、そういう声には全然動かされないが、素人目には、判定の時には影響がある様な気がする。

さて、いよいよ男子の個人戦開始である。3回戦。I君は二試合目に登場した。初めて見た彼の戦いだったが、えらく俊敏ではないか。中学の時に全国2位になった実力があると聞いていたが、かなり強い。終始攻めていたのだが、延長でも両者一本が出ず、判定になった。おお。3対0で優勢勝ちになった。やったっー。

続いて4回戦。相手は京都代表のK君である。本校の1年生の女子生徒が「K先輩」と呼んでいたので、繋がりがあるらしい。「I君はK先輩に勝ったこともあるんですよ。」と言っていた。その言通り、押している。「いいとこです!」連発である。勝てる…。ところがK君の小手が外れかけていたりして、中断した。I君のなぎなたも折れたらしい。この「間」がどう影響するか…?私の不安が見事に的中した。メンを見事に決められたのだ。続けざまにもう一本。あちゃー。優勢に試合を進めていたと言うのに…。誠に残念である。K君は、その後決勝戦に進出、見事優勝した。

I君は、優勝者に負け結局ベスト8で終わったのだった。だが、ベスト8の選手のほとんどが新3年生である。背負っているものが違う。そう、男子は、公式の全国大会はこの選抜大会のみだから、「K先輩」にとっては最後の大会なのだ。I君にはまだ来年がある。これから1年間、鍛えに鍛えて欲しいものだ。全国優勝は決して夢ではない。

2013年3月23日土曜日

午後は京大で公開講演会 3月

早咲きのサクラと京大稲森財団記念館
今回の公開講演会の会場は、いつもに比べて実に華やかだった。若い知的な女性が多い。瀬谷ルミ子さんに憧れている女性なのだろうか。瀬谷さんは、国際協力士の中でも最も過酷だと思われる武装解除や治安回復に国連職員や外務省、NGOなどで関わり続けている世界的に有名な方だ。

今回の講演会は、アフリカの潜在力を活用する紛争解決がテーマである。講演会のタイトルは「アフリカの平和構築 現場からの課題と今後の選択肢」である。アフリカには様々な問題がある。その最たる問題が治安である。旧宗主国が民族分布を無視して設定したパッチワークのような国境線や、資源の呪い、そしてデモクレイジー。未だアフリカでは内戦、暴動、テロ、集団抗争などが絶えない。

瀬谷さんは「、二人以上の人間がいれば意見のくいちがいが生まれる。これを暴力的に解決しようとすれば、それらが全て紛争となる。」と言われた。持ち時間を大幅に越えて、様々な事例を引きながら、アフリカの平和構築について語られたのだが、それを全てエントリーすることはできない。特に印象に残ったことを下記残しておこう。

それは、ケニアのムクル・スラムでの話だ。瀬谷さんは、現在も武装解除などのレクチャーには関わっておられるが、このところNGO(JCCP)の事務局長として様々な平和構築に主に関わっておられる。ケニアでは、私のブログで何度か触れたが前回の大統領選挙の結果をめぐって、キクユ人とルオ人を中心に大暴動が起こった。ムクル・スラムでも悲劇的な暴動となったらしい。瀬谷さんたちは、平和構築のNGOとして、まずコミュニティ内でカウンセラーとなる人材を育成したそうだ。スラムには、多くの民族が共生しているが、なかなか和解が進まなかったらしい。瀬谷さんのモットーは、「私たちはあなた方ができないことだけをやる。」である。カウンセラーは当然現地の人々である。二度とこのような悲劇的な暴動が起こらないよう、被害者、加害者にカウンセリングを行ったのだ。様々なイベント(ヒップホップ大会やサッカー大会、飲み会など)を行いながら、自然に「和解の輪」を拡大していったのだ。次に加害者になりそうな若者も吸収していったらしい。心のケアを行う事で、彼ら自身に考えてもらことが大切なのだという。具体的に考えていく。何故加害者になったのか?簡単なコトバのプロパガンダに踊らされた加害者。日ごろの不満や不安が根っこにある。あおった人はどうなったか?大統領と首相を分け合い利益を得たが、あおられた人は結局貧困がひどくなっただけだ。何故被害者になったのか?暗い道。汚い環境…。研修によって、彼ら自身が、対立回避に動いていく。スラムを清掃し、「環境」から変えていく。

少なくとも今現在、ムクル・スラムで今回の大統領選による民族対立は回避されているらしい。おそろしく忍耐のいる活動である。質問会では、ケニアの状況は他のアフリカ諸国に比べて特に教育程度が高い故に可能であったのでは?という声が挙がった。私も同感。しかし、ケニアのように教育程度が上がれば、他の国にも同様の自助的な平和構築へ道が開かれるだろう。アフリカの潜在力はたしかにあるのだ。

もちろん結局はガバナンスの問題に帰着してしまう。警察への信頼を構築する必要性など、瀬谷さんの話が、極めて開発経済学的な話になったのは当然である。で、面白いのは瀬谷さんも民間企業の力を借りるべきだと考えていることである。政府、企業、NGOが、その国の開発スピードに合わせて対応する必要性を強調されていたのだった。…うむ。平野先生の「経済大陸アフリカ」の結論と全く同様である。

講演会終了後、瀬谷さんの著書「職業は武装解除」を手にした女性たちが列をつくっていた。あの中から第二、第三の瀬谷さんのような国際協力士が生まれるかもと思うと、嬉しく、そしてちょっぴり羨ましくもあるのだった。(笑)

瀬谷ルミ子さん、京大の皆さん、今日もまた勉強になりました。新しいアクティビティの参考にさせていただきます。ありがとうございました。

午前中は全国高校薙刀選抜大会

兵庫県伊丹市で、薙刀の全国選抜大会が始まった。我がクラスのI君が本校唯一の男子生徒として出場するので応援にいったのだ。午前中に試合があるということだったので、午後二時からの京大の公開講演会に間に合うし、JRで伊丹まで、さらにバスで駆けつけたのだった。本校は薙刀では全国制覇のビッグネームである。ちょうど開会式が始まるところだった。先頭で行進し、優勝旗を返還した。選手宣誓も本校だ。なかなか誇らしい。ところが今回は団体戦出場を逸したらしく、個人戦のみらしい。I君のお母さんに聞くと昼からI君の試合だとか。…ゲゲゲ。話が違うぞ、I君。ところで開会式には全国の高校が集まっており、秋田の大曲や、茨城の水戸、それに会津からも出場していた。おお。八重の桜である。なんか嬉しい。

とは言え、私は薙刀の試合を見るのも初めてなので、とにかく試合を楽しむことにした。なかなか興味深い。剣道と大きく違うのは、すね当てをしてハカマの前の部分を托しあげていること、試合中でも身体の右側に薙刀を構えたり、左側に構えたりと変化すること。薙刀の柄の部分で受けることもあることなど。でも素人には剣道と同じで勝敗の機微は分かりづらい。今、なんで旗があがらんのや?今なんで旗があがったんや?という感じである。

本来なら11時57分発のバスで体育館を後にして、13時55分に京大の最寄り駅に着く予定だったのだが、I君が出ないのなら早めに京都に向かう事にした。I君が勝てば明日が三回戦。もう一度伊丹にくるでと約束して…。

急遽予定を変更し、阪急伊丹駅から四条河原町へ向かうことにした。往路ではJR尼崎駅を越えて、大事故のあった地点を通過した。恥ずかしながら関西に住んでいても、初めて直接目にした光景である。阪急の伊丹線も初めて。I君のおかげで、ちょっと非日常を楽しめた。四条河原町から京阪に乗りかえるつもりだったが、時間に余裕ができたので、四条通から丸太町通まで歩いて上がることにした。古本屋を覗いたりしながら、前回寄ったパキスタンカレーの店まで、これまた非日常。

で、先ほどI君から連絡があった。二回戦を突破したらしい。やったなあ。明日こそ彼の雄姿を見ることができそうだ。(笑)

2013年3月22日金曜日

KIVAでトーゴの古着商に融資

トーゴの古着商 Komla氏
指導要録を完成させて、隣のクラスのT先生との読み合わせ点検も済ませたので、今日も半休をとって帰宅した。実は今日は55歳の誕生日である。と、同時にピーター・オルワ氏の命日でもある。そこで、KIVA(インターネットを通じて、世界中の途上国の人々にマイクロクレジットを行うWEBページ:詳細は本ブログの「リンク」にある”KIVA JAPAN”参照)でアフリカの人に融資をしようと前から決めていた。$25と少額ではあるが、国境なき医師団へのサポートと共に私のできる数少ない国際協力である。

毎日のようにKIVAの融資を求める人は変わっていく。ケニアのピーターという人にしようかなと考えていたのだが、結局、トーゴのロメに住むKomlaという古着商に融資することにしたのだった。

私は今、あるアフリカに関わるプロジェクトを本校で進めようとしている。学校長の決済もいただき、新年度になったら生徒と国際協力を行おうと考えているのだ。最初は自分のクラスか、学年単位でと思っていたのだが、「やるのなら、全校でやって欲しい。」と言われたのだった。すでに、校内の関係各位との最初の打ち合わせも終わり、そのプロジェクトの参加申し込みも済んでいる。彼の扱う古着に関わるプロジェクトである。(ピンときたESDに関わる先生方もおられると思う。)

そういう意味合いも込めての選択だ。実はもうひとつ深い理由があるのだが、とにかく、このトーゴのKomla氏、家族に明るい未来を与えるよう頑張って欲しいな。

2013年3月21日木曜日

ケニアが産油国になる日

本当なら、今日は一次内示(転勤が判明する)の日だったのだが、全市的に延期になった。(教員になって33年、初めての事態である。)私自身はほとんど関係ないが、学校運営上、新年度の準備のスタートとなる重要な日で、予定していた全ての会議がぶっとんだ。来年度の持ち教科や校務分掌の最終決定も持ち越しである。というわけで、指導要録の仕事をひと段落させてから、有休を取って早めに帰宅したのだった。

さて、本題。ケニアのグレートリフトバレー(大地溝帯)の試堀井で原油が出てきたらしい。このへんの原油埋蔵量はケニアの国内消費の300年分。ウガンダではすでに原油生産が始まっており、南スーダンからもパイプラインが伸びて、ケニアのインド洋岸に集積される予定らしい。エチオピアの大地溝帯でも試堀が始まるとか。東アフリカは、今そういう活況の中にある。

うーん。ケニアはスワヒリ語を公用語としたことで、なんとか表面上は国民国家らしくなっているが、数多くのエスニックグループで構成されている脆弱な国家だと私は考えている。故ピーター・オルワ氏は、「スワヒリ語を子供らが、学ぶことがなにより大事やね。民族を越えて同じケニア人同士として語り合えるから。」と私に言ったあとで、「ケニアが平和なのは、野生動物以外何もないからね。ケニアは観光で生きていける。もし鉱産資源があったら、独立の時、内戦になっていたかもしれないね。マサイは数が少ないけど、強いのは誰もが認めるから、マサイが権力を求めて立ちあがっていたら、ケニアの歴史はきっと変わっていたね。」と述べていた。そう、このケニア=脆弱国民国家論は、ピーターの受け売りである。

マサイが立つかどうかはともかく、ケニアも「レンティア国家」になるのだろうか。ガーナでさえ、資源の呪いが民主主義を歪めた。(3月14日付ブログ参照)今回のケニア大統領選は静かに推移したとしても、これから先はわからない。原油生産の拡大。レントによる収入増。経済成長。しかし、それと同時に失うものも大きい。
多民族国家のケニアでは、エスニックグループの輪(和)がなにより大事なのだ。ピーターの言はそれを私たちに訴えかけている。

http://www.sankeibiz.jp/macro/news/130321/mcb1303210500002-n1.htm

2013年3月20日水曜日

お彼岸と言えば「おはぎ」だが…

突然であるが、私は「青のりのおはぎ」が大好物である。今日はお彼岸なので、スーパーに買い物に行くとおはぎが並んでいた。フツーのおはぎや、きな粉のおはぎには全くそそられないが、青のりのおはぎには大いにそそられる。結局妻に「糖尿病やねんで。」と何度も罵倒されながらも、GETしたのだった。それくらい大好きなのである。

青のりのおはぎは、需要が少ないのか、手間がかかったり保存性に難があるらしく、要するに生産性が低いからか、とにかく少数派である。だからこそ、そそられるのである。その希少性はピロシキに繋がるものがある。(12年12月29日付ブログ参照)

ところで、最近の私の血糖値は少し高めである。先々週だったか、朝からコーヒーも飲まず絶食状態で血液検査をしたら、300を越えていたのには衝撃を受けた。錠剤が増えてしまったし、その翌日から学食利用を回避し、また愛妻弁当生活になったのだった。

昨日のニュースで脳卒中になる可能性テストの話題が盛んに流れていた。うーん。喫煙はやめたとはいえまだ3か月。喫煙者として回答したら、やはりかなり%は高かった。青のりのおはぎを食べてささやかな幸せを感じている場合ではないよなあ。(笑)

2013年3月19日火曜日

モザンビークのODA討論会

このビルの14F
舩田クラーセンさやか先生が、大阪に来られるようである。『日本の援助はいま、アフリカで何をしているのか?モザンビーク・ブロサバンナ事業から考えるODAの過去・現在・未来』というタイトルで、舩田先生が発題し、討論会をされるようだ。関学大の梅田キャンパス14階・1407教室で、3月30日14:00~16:30に行われる。

極めて簡単に解説すると、ブラジルで日本が支援し成功したサバナ地帯の農業開発を南南協力という形で、モザンビークにも行おうというのが、ブロサバンナ計画である。これを舩田先生は、モザンビークの小農の立場から批判されているのだ。

私は、開発する側、開発をゆるす政府、小農の立場、それぞれの立場をもっともっと知りたい。前から興味をもってきた。どのような討論が行われるのか是非聞いてみたい。もちろん、舩田先生にも是非お会いしたい。と、いうわけで、3月30日万難を排して行きたいと思う。主催者に参加伺いメールを送信したところ。関学の梅田キャンパスは、昔少しかかわった高校生の国際ボランティアWITHの集会で行った事がある。ちょっとなつかしい場所でもある。今から楽しみである。
http://afriqclass.exblog.jp/

追記(20日):主催者からのメールによると、自由参加で、当日会場に足を運べばいいとのこと。いやあ、ほんと楽しみである。

2013年3月18日月曜日

違和感 新潮新書「世界史入門」

「日本人のための世界史入門」(小谷野 敦著/新潮新書 本年2月20日発行)を読み終えた。4月から、また世界史Bを最初からやるので、帯を見て参考になるかなと思って購入したのだが…。

この小谷野氏は、比較文学・比較文化の徒である。しかも、かなり強烈な個性をもった人物らしい。私は、大きな違和感をもって、この本を読み終えた。この本の筆者のスタンスとしては、「歴史は全くの偶然の連続である」「歴史に法則などない」というものだった。いかにも比較文学・比較文化の「人文畑」らしいスタンスだ。私のスタンスは、人文と社会科学の二股だと思っているが、著者のスタンスはさすがに酷いと思う。歴史の法則を探るのが私は歴史の面白さのひとつだと思っている。これを全面否定するのは、ドグマである。と、いうわけで第1章で投げ出しそうになったのだが…。

この本のマイナス面は上記のとおりだが、一方で比較文学・比較文化の徒だからこそ、言語学的に読みとれる面白い話も多かった。たとえば、ローマの元老院はセナトウスといい、今でも西洋諸国では上院をセネート(英語)のように呼ぶ。上院議員はセネターで、野球チームになると、セネターズになる。(アメリカで実在し、日本にも以前あった。上院議員軍?)また、MBLのパドレスは神父を意味する。ロシアでは、中国の事を「キタイ」と呼んでいる。これは契丹に由来するらしい。(香港の)「キャセイ・パシフィック航空」の「キャセイ」はキタイの英語読みである。

こういう話が山ほど書かれていた。これは教材研究の上では有為だった。しかし、裏帯にある「苦手克服のための世界史入門」というのは全く当たらない。これは消費者団体に訴えてももいいほどのウソだ。生徒にこの本を勧める気はさらさら起こらない。

あとがきに「エリート」の歴史離れが進んでいると述べたうえで、著者は、『知的ではあるがエリートではない人たち、明治大学とか女子大学とかそういう層が、文学や歴史に関心を持つようになってきているのだろう。』という一文がある。その上で、『知識人や学者が専門的な議論をする時は「だいたい」では困る。しかし、一般読書人の歴史は、だいたいでいいのである。』と結んでいる。

私は、この本に関しては、絶対生徒に勧めないことを改めて決意した次第。

2013年3月17日日曜日

野球部の練習試合を見に行く

野球部も長い冬を終え、練習試合が解禁された。毎日ランニングに明け暮れていた部員たちがはつらつと試合をしている姿は、なかなかいいものである。
今日は、私の自宅に近い私立高校で練習試合をやると聞いたので、ちょっと覗きに行ってきたのだった。

着いたらもう試合は始まっていた。1回の裏に2点取られていた。しかし私が着いた途端、チャンスとなり、一気に逆転。さらに1点を追加。私はどうやら、福の神だったようだ。…ウン、ウン。ところが、相手校もさるもので、2点本塁打で同点に。結局引き分けで第一試合は終了した。守備もなかなか鍛えられていて見ごたえのある、いい試合だった。

用事があったのでダブルヘッダーの第二試合を見れなかったが、第二試合は1年生も出場できるのではないかと思う。我がクラスからはピッチャーのM君が来ていた。残りの2人は学校で練習しているようだ。なかなか本校内でも競争が激しい。

教育は、全てがWin-Winというわけにはいかない。競争の中で得るものも大きい。大乗仏教の理念に、「煩悩即菩提」というのがある。勝ちたい、目立ちたい、認められたいなどの欲望=煩悩が、すなわち菩提(悟り=人間的な成長=境涯の拡大)となるという意味である。上座仏教(東南アジアで主に信仰されている仏教)では、煩悩は滅するものと解くが、大乗仏教では煩悩を活かすと説くわけだ。
最近、綺麗ごとに聞こえてしまうスポーツ教育論が華やかだが、高校の部活動で勝ち負けや競争が否定されるのは少し違うのではないかと思っている。私は部活をあまり熱心にしてきた経験がないし、専門的な知識も技能も持ち合わせないので、この件に関しての「形而上学」を語ってはならないと思うのだが、少なくとも、我がクラスの今日練習試合に連れてきてもらえなかった2人には、担任として「絶対負けるな。絶対諦めるな。絶対勝て。次にグランドに立つのはお前だ。」と次に会った時、そう声をかけ激励したいと思うのである。

2013年3月16日土曜日

ブルキナの野球少年 頑張れ

今日の毎日新聞の夕刊に、ブルキナファソでJOCVの出合祐太氏から野球を学んだ少年が、今夏四国の独立リーグの高知ファイティング・ドッグスに、練習生として参加することになったという記事が出ていた。少年の名はサンホ・ラシィナ君(15歳)である。

ブルキナファソのナショナル・チームの指導をしていた出合氏だが、野球への情熱に欠ける姿勢に失望したらしい。で、新たに一から少年たちを指導することにした。有志らのまねきで少年たちに日本の野球の奥深さも見せたという。日本から帰国後、少年たちはいっそう野球への情熱を滾らせた。そこで主将として頑張っていたのがラシィナ君だった。

出合氏はJOCVの任務を終えて帰国したが、ブルキナの選手を受け入れてくれる球団を探した。高知のファイティング・ドッグスが、その野球への強い思いがチームに好影響を与えるかもしれないと快諾。ブルキナで選抜テストを行ったのだという。そして彼が選らばれたのだ。約1カ月、彼は練習生として契約の可否を見極められるという。

成功する事は決して簡単な事ではないと思うが、ブルキナファソの地に足を運んだ日本人の1人として、彼に大いに期待したい。そう、珍しさやアフリカへの同情ではなく、ブルキナべの素朴で労を厭わない『あたりまえ(natural)』の生きる力を見せてほしいと私は思うのだ。

PBLの講演会を手伝う

家族づきあいをしているH城鍼灸院が、患者さんでPBL(問題解決学習)の指導をされているW先生の講演会を開くことになったのは、ほぼ1か月前のことである。(2月17日付ブログ参照)W先生は、大手企業で技術者として働き、ドイツにも駐在経験がある方で、社員教育のプロとしてPBLを極められた方である。大学で教鞭を取られたこともあるし、現在は大阪の有名私立高校で客員講師を務めておられる。…妻と共にこの講演会の手伝いをすることになったのだった。

今日は、「地頭力を引き出すつどい」と銘打った講演会だった。どっちかといえば、PBLというより、いかに学習効果を上げるかという教育熱心な保護者が泣いて喜ぶような話が中心だった。対象が小学生から高校生、保護者までと広いので、PBLを本格的に行うのは極めて難しいと思われる。そこで、PBLの土台となる「地頭」の力を引き出すメソッド(方式)を教授下さったのだと思う。

まずは、姿勢と呼吸法。なんでも西野バレエ団考案の呼吸法らしい。来年度の授業で使おうかな。(笑)これで、切り替えと集中力UPが得られるらしい。さて「地頭力」とは「答えのない問題を解く力」だという。なるほど。PBLの土台だ。これを高める方法は、まず①(将来の、人生の)目標をきっちりと定めること。②人間は忘れる動物である。授業終了後、休み時間に3分ほど学んだ内容を見直す、さらに4時間後に復習する。帰宅後復習する。復習を3回すると、記憶が脳の海馬から大脳まで移動し刻まれるらしい。③勉強量と成績は正比例の相関関係にはない。累積曲線を描く。ある日突然壁を打ち破れるものだ。だから、諦めてはいけない。④睡眠は長い方がよい。何故なら睡眠には、深い睡眠と浅い睡眠(レム)が交互に訪れる。レムの時に、学習などの記憶が固まることが科学的に証明されている。だから、睡眠時間が短いとレムの時間も相対的に短くなり、記憶力が減退するわけだ。⑤勉強時間が長ければいいというのではない。要は集中力だ。様々な自分なりのルーチン(イチロー選手が打席で見せるような一連の行動のようなもの。:くせ)をもつとよい。時間は有限だ。ルーチンで切り替えができるようにしたい。

W先生のこのような指導を活かした生徒や学生は、見事な成果を収めているらしい。なかなか勉強になった。

もちろん、PBLのワークも行っていただいた。国語力を高めるメソッドと、粘土をケーキに見立てて5等分するという算数のものである。参加者の子供たちも保護者の皆さんも盛り上がっていた。物差しや紙テープ、台紙も使って5等分するのだが、なかなか難しい。最後に解答をいただいたが、ブログで公表するわけにはいかない。(笑)

最後に、ペットボトルとカップを使ってまとめていただいた。カップに入ったお米をペットボトルに、一粒も溢さず入れるのは難しい。このお米が「学習内容」である。ではどうすればいいか。ちょっとした工夫で全て入る。W先生は、ハサミでペットボトルの飲み口に繋がる部分を切り取り、ロートのようにして改めて注がれたのだ。もちろん全てきれいに入った。この作業こそが、本日学んだことだ。「地頭力」を引き出すメソッドである。W先生、貴重なお話ありがとうございました。お疲れさまでした。

2013年3月15日金曜日

修了式の日に 結婚祝い

修了式の結婚祝い それはミッキーの掛け時計だった
本校では終業式を修了式と呼んでいる。私は本校で4校目だが、こういう呼び方は初めてである。通知票に合格の合の印を押すことも初めてで、教員歴は32年と長いのだが本校での担任1年目、雑務では戸惑う事が多かった。転勤すれば別の会社に入る様なものというのは本当だ。私は環境適応能力が高い方なのだが、それでも年齢が高くなった分、想定外の雑務には閉口することもしばしばである。ふぅー。とにかく1年間走り抜いたと言う感じで今日と言う日を迎えたのだった。

さて、今朝は、Y君という女子生徒が一番先に登校してきた。彼女は今日の極秘プロジェクトの責任者である。隠していた紙袋を彼女に手渡す。紙袋の中身は、I先生という若い女性教諭へのお祝いの色紙とプレゼントである。

I先生がこの3月末、結婚することを私は学級日誌で知った。授業中にそんな話が出たらしい。若いと言う事は、生徒諸君との距離感が近いということだ。突然であるが、私は23歳で結婚した。ちょうど初めての担任を商業高校でもった直後である。6月のある日曜日に結婚式を挙げ、その翌日休暇もとらず出勤した。1時間目は自分のクラスの授業だった。普段ならもっとガヤガヤしているのに、妙にすました挨拶だった記憶が鮮明にある。Y君というクラスのリーダーが、合図すると、教室の窓が一斉に閉められ、クラッカーが鳴った。私の結婚祝いだったのだ。お揃いのミッキーマウスのTシャツ(私と妻のネームが刺しゅうされていた)と色紙とみんなのメッセージの入ったカセットテープ(時代を感じるなあ。)を貰った。…感激した。

教師は生徒を育てるだけではない。生徒に育ててもらうことも多い。教師となった喜び。結婚や卒業や様々な節目で、こういう感激経験をすることで階段を登っていく。そして人間力を身につけていく。私はそう考えている。だから、若い先生が結婚する時には、私と同様、教え子たちに祝福してもらえるように策動するようにしている。

今回、我が1組の生徒諸君はそれを見事にやってのけてくれた。ありがたいと思う。また今年1年間そういうクラス経営ができたことに、”微笑みのファシスト”(商業高校時代最後のクラスの色紙にそう評価してもらった。私への最高の賛辞だと思っている。笑)としては大満足している次第。

想定外。私にもI先生同様の色紙が送られたのだった。3年生では卒業時に毎回頂いているが、1年生では初めてだ。いやあ。また感激して階段を登ってしまった。1年間、彼らと共々に走り抜いたことを改めて誇りに思う。ありがとう。1年1組。私はホント幸せ者である。

2013年3月14日木曜日

日経 「アフリカ 離陸できるか」

http://nigeriansabroadlive.com
一昨日から今日まで3連続で、日経の朝刊に「アフリカ 離陸できるか」という記事が掲載された。およそ、平野先生の『経済大陸アフリカ』の指摘するトコロをほぼなぞる様な記事だった。と、いうわけで、あえて整理したり、概説することはせず、興味深い情報をそのままエントリーしておこうと思う。

アフリカ開発銀行によれば、アフリカの総人口は10億人となっており、1日の消費額が$20を越える中間層は3億3000万人となっている。携帯電話所有者は5億人超。
ナイジェリアでは、インドよろしく映画産業が活況を呈しており、年2000本以上製作されている。ガーナやケニアなど英語圏にもナイジェリア映画(ノリウッド)が受け入れられている。
モザンビーク中西部のテテ州の炭鉱では、ブラジルの資源開発大手企業が進出。4年越しで森林を切り開き、電力や水のインフラを整え、地元の作業員を養成したうえで生産を始めた。さらに鉄道、港湾整備に乗り出す。(12日)

『アフリカ民主主義の手本(オバマ大統領)』と言われたガーナでも、昨年12月の大統領選挙で51%対48%という現職勝利に、野党があわや暴動という事態となった。沖合で石油が生産されるようになり、その恩恵を求めてのことだった。野党は、この石油収入で高校教育を無償にすると公約にかかげていたという。「資源の呪い」が、ガーナのような国でも現れたわけだ。
資源マネーの流入が物価と通貨の上昇をまねき、製造業や農業の競争力が低下。高成長でも雇用が増えず、貧富の差が拡大する一方で汚職が蔓延、社会が不安定になるという悪循環。
資源収入をうまく管理した例はボツワナ。ダイヤモンドの収入を貯蓄する基金を創設。資金の使い道の透明性を確保した上で、インフレや通貨高を抑えた。今も安定した成長を続けている。(13日)

産油国ナイジェリアでは、ガソリン購入に毎日4~5時間もかかるという。そんな車列に定価の2倍のガソリンを入れたペットボトルを持って回る売人の姿。国営製油所の稼働率が上がらない故に慢性的なガソリン輸入国となっているナイジェリアでは、不満を抑えるために価格抑制のための補助金を出しているが、3年間でそのうちの$68億がどこかへ消えたという。人口の10%は原油生産で裕福になったが、59%の人々は未だ$1以下の収入しかない。これらの根源は政府の『汚職』体質にあると分析されている。
記事は、ルワンダのカガメ大統領の成果を讃えるポール・コリアー(英国の開発経済学者:最底辺の10億人の著者)の「現在のアフリカに必要なのは民主主義ではない。韓国や台湾で成功した開発独裁政だ。」というコトバを引き、これからのアフリカの開発モデルは、いかにあるべきかと問うている。(14日)

…またまた現在作成中の新アクティビティの話。この「汚職撲滅」は「文民統制」とともに、ゲームの中で最重要視している課題である。方向性は間違っていないようだ。

2013年3月13日水曜日

上海の life of Pig

http://cmp.hku.hk/2013/03/12/31835/
上海の黄浦江に6000匹の豚の死骸が流れついていると報道されている。市当局は回収を進めているらしいが、まだ流れてくる可能性もある。何日も漂流した死骸から血液や消火液が流出し、また豚の伝染病のウィルスも発見されているらしい。この河の水が飲料水になっている上海市民は激怒しているとのこと。当局は問題ないと言っているそうだが、だったら偉い人がまず飲んでみろという声が挙がっているという。

…まあ、凄い話である。誰が豚を遺棄したのか不明らしいが、かなりショッキングな話である。公衆道徳もクソもあったものではない。下手すると、凄い数の上海の人々が罹患するぞ。昔、前任校でお世話になった中国に詳しいK老師が、儒教についてこう言っていたのを思い出す。「孔子は、中国に仁も義もなかったので、儒教を説いたのです。もしあったら説く必要がないでしょ。」
…なるほど。毛沢東の社会主義の理想が崩壊し、拝金主義に走っている今の中国人民に、仁も義もないのは当然かもしれない。
そんな国が世界の工場と化しているから、近隣にPM2.5などという物質をばら撒いても、「すんまへんなあ。迷惑をかけとります。」の一言もないわけだ。かなりコテコテのジャパニーズ・スタンダードな言い回しになってしまった。(笑)

…とはいえ、日本だって古いところでは足尾銅山の事件もあるし、様々な公害の問題もあった。拝金主義に走って迷惑をかけた輩もたくさんいるわけで、五十歩百歩というところ。中国だけを非難するのも違うと、私などは思うのである。

…それにしても、豚の死骸が6000頭というのは、やっぱり凄い。CNNによると、この豚の話、さっそく虎といっしょに船に乗って生き延びたという話題の映画(Life of PI)のパロディ画僧が登場したらしい。是非とも見たかったので検索してみた。この画像のことだと思うのだが…。
http://www.cnn.co.jp/world/35029454.html

2013年3月12日火曜日

農業の6次産業化

昨日、日経を読んでいたら「農業の6次産業化」という文字が目に入ってきた。浅学を恥じるばかりだが、初めて目にしたコトバだ。農業(1次産業)×製造業(2次産業)×販売(3次産業)で6次産業となるとのこと。”コピー”としても、なかなか面白い。

いろいろ調べて見ると、決して新しい発想ではないそうだ。たしかに地方に行けば、その土地の特産農産物を製品化し、販売しているkとが多い。たとえば、十勝ワインなどである。これまでにも、農商工等連携推進法というのがあったらしい。ただ、これは、商工業の方から、生産地にベクトルが向かっていて、主体は商工業側にあったわけだ。この6次産業化は、生産者の側からベクトルを向けるものであるらしい。

そして、3月1日に、6次産業化法が施行された。農林水産省のHPには、事業に関する書類がダウンロードできるようになっていた。恥ずかしながら、こういう風に政策が次々と実施されているのだと改めて学んだ。様々な優遇措置をとりながら、6次化を進めて、雇用創造しながら日本の農業や水産業を守ろうというわけだ。TPP交渉参加でも、逆風を受けている農林水産省にとっても、重要な政策なのだろう。私は、自給率などの数値を見て、あまり農林水産省を信用していない。とはいえ、この6次産業化という視点は良い政策だと思う。

昨日、今日と後期入試日程である。監督業務や採点など、入試の仕事が空いている時は、新しいアクティビティのマニュアルづくりに励んでいる。この「6次産業化」というコトバ、アクティビティでも是非とも使ってみたい。マラウイの一村一品運動にも繋がるものだ。

6次産業化については、以下の論文が詳しい。
http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n1104re2.pdf
農林水産省のHP/6次産業化のページ
http://www.maff.go.jp/j/shokusan/sanki/6jika.html

2013年3月11日月曜日

皇后陛下の震災の御歌

皇后陛下のお印「白樺」
今日は大震災2周年の日である。マスコミは、昨日今日と震災の話題で溢れている。昨朝は、わけあって、いつも以上に早起きした。どこのTV局だが忘れたが、皇室の動きを報道している番組を何気なく見ていた。その番組で、震災直後の両陛下の御姿、特に避難所をご訪問され、同じ高さの目線で激励される姿に、私は何度拝見しても感銘を受けてしまうのだ。民主主義下の天皇の理想を追い求められた昭和天皇の御姿を受けて、さらに国民主権下の天皇としての理想を求めておられると改めて感じ入るのだった。

さて、皇后陛下の御歌のことが、その番組で紹介されていた。
「生きているといいねママお元気ですか」文(ふみ)に頂傾(うなかぶ)し幼な児眠る

これは、震災で両親を失い、祖母の元で育てられている、当時4歳だった女の子の話を歌われたものだ。ノートに、つたない習いたてのひらがなで「生きているといいね ママ元気ですか」と手紙を書いたこの女の子は、そのまま眠ってしまったのだ。

祖母が、そんな悲しい孫の話を友人にしたのだろう。やがてマスコミが取り上げたらしい。皇后陛下は、その報道を目にされたのだろう。そして、この話を詠まれのである。

泣けるではないか。素晴らしい歌だと私は思う。「私」のない「公」でないと詠めない歌だ。

私は右翼的な立場にはない。地球市民でありたいと思っている。だが、こういう慈母の如きやさしさを皇后陛下がお持ちであること、また天皇陛下とともにこのようなやさしい皇后陛下を象徴としていただいていることに誇りを持ちたい。

…そんな事を3.11に考えていたのであった。震災で亡くなった方々に心からご冥福を祈ると共に、御苦労をされている方々の益々の御健勝を祈りたい。そして、今は6歳になったこの女の子の成長を祈りたいと思う。合掌。

2013年3月10日日曜日

今でしょ、雪山の寒苦鳥たち

このところ、TVで、T予備校の講師の「いつやるか?今でしょ。」というフレーズが世間に強いインパクトを与えている。この講師、他のCMやバラエティー番組などにも出演している。なかなか面白い現象だ。年末には流行語大賞の有力候補になるのだろう。

ふと、このフレーズから『雪山の寒苦鳥』という仏教説話を連想した。
この3学期、仏教を1年生に教えた。学年末考査前でもあるし、「いろは歌」(色は匂えど散りぬるを…)のもとになった『雪山童子』の話の後で、「雪山」(せっせんと読む。ヒマラヤ山脈のことである。)つながりで、寒苦鳥の説話を教えたのだった。

雪山に、鳥がいた。昼間気持ちよく雪山を飛び回るのだが、夕方巣に変えると雪山は一気に寒くなる。巣をもっと整備して温かくしておけばよかった、と後悔するのだ。夜、寒くなると「寒いよ。寒いよ。」と泣き叫ぶ。だが、朝になり、温かい光に包まれると、ついつい巣の事を忘れ、気持ちよく飛び回ってしまう。そして夜の寒さに苦しむという毎日を繰り返すのである。だから「寒苦鳥」というお話。

本校の生徒は、いわゆる偏差値で大阪平均らしい。勉強がそもそも苦手な者もいるが、どっちかというと取り組む姿勢に甘さがある者の方が多いようだ。(愛情をこめて言うと、)まさに雪山の寒苦鳥集団である。(笑)

先日の成績会議で、我がクラスは全員欠点なしで進級することが出来た。めでたい。めでたい。この「雪山の寒苦鳥」の説話、それなりに意味があったのかもしれない。(笑)

2013年3月9日土曜日

追想ピーター・オルワ氏のことⅤ

ピーター・オルワ氏
昨日の新聞では、ケニアの大統領選の結果が発表されずに、不穏な空気が流れていると書かれていた。前回の民族対立を背景とした暴動再来か?という観測記事だった。そう、前回は1000人の死者を出す大惨事となったのだ。

今日のニュースでは、ケニヤッタ副首相(彼は初代ケニヤッタ大統領の息子である。また前回の暴動に際して疑いを持たれており、国際刑事裁判所で係争中である。)が、オディンガ首相(前回もキバキ元大統領と闘った。)を50.03%(過半数を越え、決選投票を必要としない。)の得票で勝利したらしい。ただ、オディンガ陣営から一部の開票に改ざんが行われたとして、やり直しが要求されているので、またまた暴動が起こるのでは?と市民は戦々恐々としているらしい。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130309/mds13030911540003-n1.htm

この大統領選、ケニアという国のエスニックグループの構造を抜きには語れない。ケニアは、ケニヤッタ氏やキバキ氏の所属するキクユというエスニックグループが最大グループである。と、いっても人口の22%くらい。エスニックの分類自体が微妙なものなので、様々な説があるが、ケニアはわりと多くの少数民族の集まりだといってよいと思う。ちなみにキクユ人は、パントゥー語系に属するキクユ語を使う。一方、オディンガ氏はルオというエスニックグループに属する。こっちは、ナイル語系のルオ語である。

昔、ピーター・オルワ氏(10年2月16・17日、3月22日、5月11日付 「追想ピーターオルワ氏のことⅠ~Ⅳ」等参照)が前任校に来てくれた時、彼のアフリカン・バンド(ピースボートで公演していた。)を3人連れてきた。ピーター・オルワ氏はルオ人。キクユ人、カンバ人のメンバーもいたと記憶する。
生徒の「ケニアの民族について教えて下さい。」という質問に、みんなで並んで、「ね。同じケニア人といっても、かなり顔つきが違うでしょ。」と説明していたのを思い出す。日本人は、こういう異文化共生的な視点がどうも苦手だ。ピーターによると、「日本人と白人以上に違う。」とのこと。そう、キクユ人とルオ人の溝は、それくらい深いものなのだ。

ピーター・オルワ氏は、ケニアではそういうエスニックグループを、ある意味超越していた人だと、いまさらながら思う。旅行業をやっていた関係で、自身の出身であるルオ語、ケニアの共通語であるスワヒリ語はもちろん、英語、日本語のほかに、キクユ語もしゃべれたし、他の民族語、たとえばマサイ語なんかも簡単な日常会話くらいできたのではないかと思う。

だが、ピーター氏のような人は稀である。ピーター氏は、ルオ人の成人のしきたりである前歯を抜くことが嫌で、大学に進学し、ナイロビに出てきたと言っていた。(笑)と、言いながらルオ人の誇りを持っていたし、ケニアの伝統も重視していた。ケニアをそしてアフリカを心から愛していたのだ。また彼の命日(3月22日:これは私の誕生日でもある)が近づいてきた。

普通のケニアの人々は、エスニックグループに深く関わっている。情の経済で、都市生活者も故郷と深く繋がっている。民主主義のシステムは定着しているが、個人に立脚しているとは言い難い。しかも、各エスニックグループが、日本では想像もつかないほど違いがある。スワヒリ語が、それを繋いでいるが、小学校も出ていない(すなわちスワヒリ語が不自由な)人もいるのが現実だ。前回の暴動の主役も、そういう人が多かったのではないかと私は推測している。暴力に走るためには、無知という資質、明日が見えない貧困という状況が必要である。日本では、ケニア国内の民族対立と簡単なコトバで言い表されるが、私の知っている浅く狭い知識だけでも、様々な問題が内在されていることがわかるのだ。

もし、ピーター・オルワ氏が生きていたら、今回の選挙結果についてなんと言うだろう。案外、「ケニア人も今回ばかりは、おとなしくすると思うね。」と楽天的な意見を言って、ニカッと笑うような気がするのだ。そうあって欲しいという願いも込めて…。

2013年3月8日金曜日

秋田商業高校の新刊

先週、秋田商業高校のO先生から、「ユネスコスクールによるESDの実践ー教育の新たな可能性を探る」という新刊が送られてきた。昨夏、秋田商業高校野球部が甲子園に出場し、夕食を共にしたのだが、その時すでに、この新刊の話が出て、完成を楽しみにしていたのだった。

今回は、秋田商業高校での実践記録というよりは、論文集になっていた。私もよく存じ上げている米田伸次先生、多田孝志先生の論文もあってびっくりした。申し訳ない言い方になるが、一公立高校の出版物だとは到底思えない。やはり、秋田商業高校は凄いのだ。

野球部監督のO先生の論文は、これまでの秋田商業高校のESD実践を概説するものだった。両O先生がつくられたESDの教育システムは、かなり組織的に大きいものだ。すなわち多くの教員を巻き込むものである。これを秋田商業高校は「連携」によって乗り越えている。JICA東北、小中学校、大学、そしてNGO…。O先生はここで、示唆に富む取り組みへの姿勢について述べておられる。
「年間計画は方向性だけにとどめ最小限にする。」教師も楽しむという姿勢が、心の余裕を生むし、生徒に主導権を渡す方が「生きる力」育成に繋がる。次に「青写真を描く」、これは着地点を決めること。自分の立ち位置を決めること。「こんなふうにできたらいいな。」という教師のモチベーションが重要だ、と。この思いがアフリカスタディツアーの実現に繋がったそうだ。
さらに「落とし所を探る」ことの重要性や「足元を見つめ直し、自分の今いるその周辺を大切にしよう」という観点が重要だと論じられている。

さて、この論文集、実はかなり異質なのだ。後半(第4章・第5章)では、ホリスティック教育、スピリチュアリティという視点からESDを論じている。私はこのような視点は正直、初めて読ませてもらった。O先生の研究分野だからだと思う。

ホリスティック教育とは、定義が難しいが、あらゆるものが相互につながりあっていることを知らしめる教育のようだ。詳細は、以下の成田喜一郎先生(東京学芸大学教授)のブログを参照されたい。
http://blog.goo.ne.jp/jzs03765

スピリチュアリティは、これまた定義が難しいが、O先生の論文によると、精神的な(愛、分かち合い、公正、同胞の精神、自由、平和など)人間の志向であるらしい。かなり難しい話だったので、ブログで紹介するには無理がある。詳細は執筆されている金田卓也先生(大妻女子大教授)の研究成果等を参照されたい。

…ESDのワークショップで、ひたすら風や様々な環境の「音」を聞きとって、イメージ化するものを経験したこともある。あの時は、ESDに、こういう視点があることを知らなかった。なかなか興味深い視点なのである。

両O先生、示唆に富んだ新刊、本当にありがとうございました。

2013年3月7日木曜日

日経の小さなアフリカ記事に注目

↑CSR(企業の社会的責任)
昨日、日経の記事で日本がアフリカ諸国への債権(米などの援助の代金らしい)を放棄するという記事が載っていた。TICADで正式に表明するようだ。面白いのは、その債権放棄する国である。モザンビーク、タンザニア、マダガスカル、そしてマリとシエラレオネである。

モーニングの時、メモするのを忘れてしまい、昨日だいぶ探したのだが、今日ふとWEBで発見した。小さい記事だが、極めて重要な記事だと私は思っている。というわけで、久々の1日3回エントリーとなってしまった。(笑)

このニュース、何が面白いかと言って、見事に中国的なのである。モザンビーク、タンザニア、マダガスカル…。今、最も注目を浴びている資源国なのだ。またまた今、構想中のアクティビティの話になってしまうが、この3カ国は「レンティア国家」として私の構想の中に入っている。モザンビークもタンザニアも天然ガス開発が進んでいる。モザンビークは天然ガス以外にも、チタンやボーキサイト、石炭なども産出する。タンザニアは金、チタン、ウラン、ニッケル…。マダガスカルも鉱産資源開発が旬の国で、ニッケルを中心に、コバルト、プラチナ、クロムなどのレアメタル、ウラン、石炭…。

日本政府も資源の高騰の中、綺麗ごとだけではないアフリカとのWin-Winの戦略に乗り出したということなのだろう。平野先生の視点からみれば妥当な話である。日本企業もCSR(本日の「経済大国アフリカ」を読む5を参照)で、各国政府とともに開発政策に企業が関わっていってほしいところだ。

モザンビークではブラジルでのサバナ開発の成果を踏まえ、日本が間に入って農園開発が進められているし、タンザニアではパナソニックや住友化学が既にBOPビジネスで頑張っている。(これらに対する様々な批判も聞いているが…。)マダガスカルのニッケルは、自動車産業で極めて重要な資源らしい。日本にとって最もWin-Winしたい3カ国だ。凄いスピードで世界は動いている。小さな記事ながら、それを実感する次第。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS0502F_V00C13A3PP8000/

ESDのための仮想世界ゲーム7

先日の前任校での卒業式の際、OBのI君に、「先生のアフリカのアクティビティ、すごく進歩してるんですね。僕らの頃にはあまりやってもらってません。」と言われた。うむ。確かにそうだ。JICA大阪に生徒諸君をどんどん行かせたけれど、私自身のアフリカ開発経済学は、まだまだ未熟だったと思う。オリジナルでやれたのは、「ケニア人生双六」くらい。担任業務で手がいっぱいで、バーンガや南北貿易ゲーム、ロールプレイやディベートなど様々なアクティビティはやったけど、アフリカを学ぶオリジナル教材を研究しだすのは、I君たちが卒業した後からのことだ。

学問は地道な積み重ねである。私のアフリカ開発経済学を中核とした教材づくりは、「学び」の深化と共に変化せざるを得ない。その時、その時のベストだと思うアクティビティを構想し、実践してきたつもりだ。、

今回の『ESDのための仮想世界ゲーム(高校生版)』も、そういう時間的な流れの中で構想、実践されたものだと考えている。仮想世界ゲームをほぼ規定どうりやってみた第一段階。(協力してくれた前任校の国語科3年生も、この4月に大学4回生となる。)さらにその次の年度で8校合同で行った。この時、高校生の段階では個人で行うのに無理があるのではないか?葛藤せざるを得ない部分をもっとゆるやかに出来ないか?と、U先生と検討し直したのが、『ESDのための仮想世界ゲーム(高校生版)』である。その後私は転勤し、2年目の3学期にやっと実践に移したわけだ。

総括をしておきたい。
インフルエンザ罹患のおかげで、残念ながら生徒諸君の声を直接聞くことはできなかったが、学年末考査の試験問題が『ESDのための仮想世界ゲーム(高校生版)を論ぜよ。』だったので、文章で残っている。「もっとリアリティを出せるのでは?」など、なかなか面白いものもあったのだが、一番指摘が多かったのが、「株」の話である。このゲームでは、マネーサプライを増やすのには株と労働チケットが必要だ。先進国の企業が株を売り(資本の蓄積)、労働チケットを購入し、その数で順位を競いつつ、株券(一律30sim)の総額のほぼ5割が利益となって返ってくる仕組みになっていた。本来の仮想世界ゲームは、生産単位というややこしいシステムだったので一気に簡素化したのだが、参加者が29名だったこともあって、当初はマネーサプライがなかなか増えなかったのだ。中盤になって、日本の首相だったK君が、株購入のマジックを導き出す。「現金で株を購入すること」という条件を逆手にとって、信用創造のような購入方法を考え出した。合法であるが、無限に株を購入できる。しかも、私のミスで、株の利益を多めに支払ってしまった。仮想世界は、かなりのインフレになったわけだが、そういう状況故にODA(無償・有償)や投資が可能となり、途上国も活気を持つこととなった。最終的には目標だった途上国でも企業を設置できるまでになった。混乱の中で、サプライズな事件(内乱や鉱産資源の開発など)を起こす余裕もなく、私としてはかなり不本意なまま終わったのだった。

オリジナルゲームでは、数値の設定がゲームを決定づける。そういう経験知が必要なのだ。十分なシミュレーションをしないまま、数値決定をしたと反省している。そして、何よりも、先進国の国際貢献度を勝敗の基準としたわけだが、やはりODAの額が中心となっている。こそっとマニュアルでは投資の方がポイントが高く設定したのだが、通貨量が少ない時は、ついつい無償のODAが多用された。もうODAの額で勝敗を決めるのは正しいとはいえないと私は強く感じている。

「経済大陸アフリカ」の内容を全てエントリーした後、あえて総括しているのは、このゲーム自体が今や古めかしい開発経済学の常識上にあったことを私は悔しく思っているからだ。今回の『ESDのための仮想世界ゲーム(高校生版)』、残念ながら元の仮想世界ゲームの良さまで消してしまったような気がするのだった。この失敗は、次に生かしたい。

とはいえ、生徒諸君はなかなかこのゲーム楽しんでくれたようで、前向きな感想ばかりだった。本校の素直な生徒諸君に感謝である。

「経済大陸アフリカ」を読む5

『「経済大陸アフリカ」を読む』も5回目のエントリーとなった。面白い内容だけ拾っても凄い分量になってしまう。今日のエントリーは、そろそろ結論的な部分に入りたい。平野先生の第3章までの主張を要約すると、つぎのようになると思う。

グローバル化の中で中国の資源需要が拡大し、それまで先進国があまり手を出さなかったアフリカの資源開発に手を伸ばした結果、『資本の蓄積と資産性の向上』という経済成長率のセオリーを無視した『レントによる経済成長』が起こった。その結果、多くのサブ・サハラ=アフリカの国が「レンティア国家」となり、アジアのような安価な労働力を生かした製造業で1人あたりのGDPを向上させるというこれまでの開発経済学の常道から遠ざかり、さらに経済格差が広がった。一方で、アフリカは農業に大きな問題(穀物生産が都市化によってさらに脅かされている)という問題を抱えつつも、消費が爆発的に増加している。

第4章はこれまでの国際開発について詳細に論じられている。先進国などのドナー国は、様々な理由づけを行いながらODAなどで途上国を支援し、開発を後押ししてきた。ここには国益が見え隠れする。資源開発で「レント」を得たサブ・サハラ=アフリカの諸国は、今や緊急援助の場合を除いて、ODAより投資を望んでいる。ドナー国は、これから自らも利益を得ながら、その国の豊かさを実現する政策手法を見出す必要がある、ということだ。

この論議を受けて、平野先生は、第5章で、アフリカに進出する企業について述べられる。様々な企業が、アフリカのリスクを乗り越えて頑張っている。特にBOPビジネスは、消費市場を自ら開拓しているし、資源関連の企業は、利益追求だけでなく、CSR(corporate social responsibility)すなわち社会的責任を果たそうとしている。企業の活動が社会に与える影響に責任をもつことは、アフリカでは特に重要である。たとえば、鉱山開発がされるような所は僻地が多い。公共サービスなど期待できない。そこで企業自らがビジネスの枠を越えた開発プログラムを行った方が有利になる。学校も診療所もないところに労働者を投入するのではなく、投資現場とその近郊に対策を施すのである。学校も病院も、そこで働く教師や医者もプロジェクトで雇用するという。従業員以外にも所得機会を与え、現地住民の不満を吸収し(定期的なアンケートを実施しているプロジェクトもあるらしい。)、テロなどから安全を確保するのである。まさに地域総合開発である。

平野先生は、「アフリカにおける最大の発展障害は国境だと考えている。」と言われている。
…企業が国境を越え、CSRやBOPビジネスで政府のガバナンスをも乗り越える。ここにアフリカ開発の一筋の光がある。
だが、消費者であるアフリカの大衆の力はまだまだ小さい。彼らの所得向上がどうしても欠かせない。そこからしか市民社会は生まれない、とも。

…今構想中のアクティビティは、「経済大陸アフリカ」の学びを受けて、サブ・サハラ=アフリカの国の行政マンとその国に進出してCRSを実施する企業マンの合同チームで、持続可能な開発を行おうとするゲームである。その内容については、近日公開。

2013年3月6日水曜日

「経済大陸アフリカ」を読む4

本日、ついに平野先生の「経済大陸アフリカ」を完読した。今までのアフリカ開発経済学そのものの土台を揺るがすような一冊であった。
第3章はアフリカの食糧問題である。平野先生は「図説アフリカ経済」でも主張されているが、アフリカの農業はやせた土地が多く、低生産性の天水農業(灌漑農業ではなく、降水にたよる農業)が主である。よって、穀物生産が少なく、慢性的な穀物輸入国となっている。まさにアフリカの貧困の根源なのである。

通常は、経済成長に伴って都市人口が増え、都市の購買力が上がって食糧の支出も増え、それが農村部の収入増に繋がるはずなのだが、アフリカではその循環が閉ざされてしまっている。最新の資料では、サブ・サハラ=アフリカ内で生産される穀物だけでは15.7%の都市人口しか養う事が出来ない状態だと言う。都市化がこのまま続けば、穀物輸入が増加の一途をたどることになる。これまで、この穀物生産に無関心だったアフリカ諸国も、世界的な穀物の高騰化に、その脆弱性を再確認したようで、最近肥料工場の設置や、農村部への肥料運搬ルートの確保(インフラ整備)も重要視されてきた。

一方、アフリカ各地で、欧米や中東諸国、中国、インドの企業農地を取得する動きがある。これを「ランドグラブ」と言う。アフリカ全体でおよそ2700万ha。特に広いのは、スーダン、エチオピア、モザンビーク、南スーダン、タンザニア…。アフリカの20カ国で外資の支配が進んでいると言う。小農から耕地を奪い、自給できないアフリカで輸出用の穀物を生産するという本末転倒であるといえる。しかし、新技術がアフリカに定着する可能性もあるらしい。

それに近いケースとして、平野先生が提示されたのは、穀物貿易が黒字となったザンビアの話である。その理由はジンバブエから移住してきた白人農家が、その世界最高水準の生産性を持っていたからである。ザンビア政府は、彼らを保護し、生産を増大させてきた。今や、南アフリカ地域の食糧供給基地になっているのだという。

…このあたりのアフリカの食糧問題は、実に難しい。最高の解決策があるわけではない。京大の公開講座に通う中で、私は単に経済性だけでアフリカを見ることには懐疑的になった。ただ、貧困の根源に食糧問題があることは間違いない。うーむ。

2013年3月5日火曜日

前任校の卒業式で私も卒業

垂れ幕が本校とは全く種類が違う(笑)
前任校の卒業式である。卒業生には私が来ていることをサプライズにしたいので、ちょうど卒業生が入場したころを見計らって玄関に到着した。すると昨夏教育実習をした我がクラスのOBであるI君が青森から帰ってきているとのこと。彼も卒業生に祝福をしたかったようだが、OB・OGは式場には入れないしきたりである。で、カフェテリアで待機していたのだった。では、と喫茶店に誘った。

いきつけのLという喫茶店のマスターは私のことをよく覚えていてくれていた。(11年3月24日付ブログ参照)いやあ、嬉しい。I君は結局、東京の企業に就職することになったらしい。教員への道はあきらめていないようだ。「まあ、自分で選んだ道、人生に無駄はないよ。」と激励した。聞くと、今週の金曜日から、一週間ほどアメリカに行くらしい。NYCとDCをもう一度訪れると言う。「今回はFRBのチケットがネットで予約できました。」とのこと。私が行った頃は手紙でやり取りしなければならなかった。(10年2月5日付ブログ参照)三島由紀夫のNYCのエッセイの中に登場するこのFRB地下室金庫、ほんとお勧めである。「前回はほとんど地下鉄にも乗らなかったので、今回は乗ります。」…凄いな。NYCで地下鉄に乗っていなかったことのほうが凄い。前回は歩きまくったらしい。(笑)…若いなあ。そんなことを話しているうちに、式も押し詰まってきた。喫茶店を出て、式場の後方に立つ。最後の最後に、卒業生退場を見送るのが私の流儀である。

何人かの卒業生が拍手で送る私の姿を見つけて喜んでくれた。それでいい。

式の後、職員室で何人かの先生方と話をした。式の進行役の相方のY先生とは共に昼食を取ったし、後輩の口の悪いI先生ともゆっくり話した。主役である3年担任の弟分のU先生、妹分のR先生はこの後保護者と昼食会があり、今日のところはちょっとだけ立ち話のみ。またゆっくり食事でもという話になった。教頭のきのこ先生ともまた飲みにいきましょうという話になった。(笑)

驚いた話。まだ国公立は受験結果が分からないので私立大学だけだが、国語科の卒業生が現役で慶応大学に合格したそうだ。早稲田は何人か合格した歴史があるが、慶応は浪人では聞いたことがあるが現役は初めてじゃないかなと思う。私が1年生の時面倒をみた帰国生の男子は、K外大に特待生としていくそうだ。日本語が全くだめだった彼も多くの先生方、特に国語科のY先生に面倒をみてもらってここまで成長したのだった。いやあ、めでたい。めでたい。もう一人の帰国生は、韓国の大学に留学するらしい。英語力を高めてますます羽ばたいてほしい。おめでとう。

ところで、ふと、気が付いた。「うち」という代名詞を使って私は現任校のことを話していたのだ。今日の卒業式で、私も前任校をやっと卒業したような気がする。

「経済大陸アフリカ」を読む3

出所が凄い(笑)治安情報でもある。
平野先生の「経済大陸アフリカ」第2章には、これまでの開発経済学にない重要な視点が載っている。2月26日の『レンティア国家 赤道ギニア』を受けて、もう少し書いておきたい。高校生にもわかるように、今回はできるだけ平易に書いてみようと思う。

第2章「資源開発がアフリカをかえる」のポイント
1.今、世界規模で起こっているのは、中国など新興国の資源需要の増大によって引き起こされた石油などの資源価格の高騰である。これは一時的なものではなく、「価格体系」自体の変化である。

2.アフリカの資源開発は、輸送インフラは整備が悪く、労働力・電力も不足している。また治安の問題もある。しかし資源開発の技術力が向上(海底油田など)したこと、上記1の理由で需要が高まったことなどから価格的に採算が合うようになった。

3.アフリカの経済成長は、まさにこの資源開発への投資によるものである。ちなみにアフリカの経済成長は石油価格に連動している。外から流入したオカネは、アフリカでは個人消費に使われており、それまで抑えられていた消費意欲が爆発している。その消費は輸入品(特に中国製品)なので、せっかく入ってきたオカネが、また外に出ていく。結局収支はトントンになっている。

4.資源開発による『レント』(2月26日ブログ参照)は、その国の通貨の価値を上げるので、輸出型製造業(この工業の発展が開発経済学では重要視されてきた。)に打撃を与えている。したがって、資源開発が進み経済成長するほど、製造業はしぼんでいる。

5.資源産業はそれほど雇用を生まない。経済成長の恩恵を多くの国民は受けない。したがって、経済格差が拡大する。今日の画像は、アフリカのジニ係数(経済格差を示す数値)である。このジニ係数が、0.4以上になれば騒乱や暴動が起こると言われている。現在のアフリカの経済成長は実に危ういのである。

6.上記のような『資源の呪い』をいかに克服するか、つまり、資源収入を、どのように国民全体の所得と福利の向上のために使うかという問題が最大の開発課題でなのある。

…今構想しているアクティビティはこうした理論(いかに「資源の呪い」を克服するか)をもとにしようと考えている。ところで、今日は前任校の卒業式である。昨年末のJICA関西出張の時の振り替え休をいただいている。弟分のU先生、妹分のR先生と1年の時教えた地理Aの生徒たちの顔を見に行こうと思う。

2013年3月4日月曜日

チャド軍だけが頑張っている

チャドの与党の?ロゴ 仏語とアラビア語が印象的
マリのイスラム過激派掃討戦で、チャド軍がAQMIの最高幹部(アルジェリア人質事件の首謀者とされている)を殺害したと発表、事の真相はよくわからないが、フランスの通信社は信憑性が高いとしている。

私は、朝日、毎日、日経の三紙を読んだが、どうもマリ北部の掃討戦の主力は、フランス軍とチャド軍のようである。フランス軍は早めに、アフリカ諸国の軍隊に掃討戦を委譲したいようだが、砂漠の戦いに慣れたチャド軍だけが頑張っているという感じ。他のアフリカ諸国の軍隊はマリの南部、非戦闘地域で、ぐちゃぐちゃしているらしい。

このチャドという国、腐敗認識指数(CPI)が世界で最下位の失敗国家の代表のような国で、長年の内戦で経済は破綻している。だからこそ、経験の多い軍で貢献することで、旧宗主国の歓心を引こうとしているのかもしれない。チャドの国益からすると、当然の成り行き?

マリ、ニジェール、チャド、中央アフリカ…。このあたりの内陸国は、まさにアフリカの最もしんどい国々である。チャド軍が頑張っていることも、また悲しい話だと私は思ってしまうのである。

2013年3月3日日曜日

ジャック・アタリの『L’ego宗教』

Jacques Attali
毎日新聞の今日の朝刊第2面「時代の風」は、ジャック・アタリ(フランスの経済学者・思想家で、ミッテランの補佐官だった人物。アルジェリア出身のユダヤ系である。)の『宗教と民主主義』がテーマであった。なかなか面白かったので、エントリーしておきたい。

マリの軍事介入の話から、イスラム過激派について、様々な宗教にも原理主義的な人々がいるが宗教的なテロリズムに走るのはイスラムだけだと非難し、本来のジハードの意味を歪めていると批判している。アタリ氏の言。「過激な原理主義は最貧国ではなく、近代性に近づいている国で生まれやすい。富裕層、エリート支配層に近づけない中産階級の欲求不満が強まるからだ。例えばパキスタンはバングラディシュほど貧しくないが原理主義がある。」…私は、なるほどと膝を打った。

さらに過激主義を恐れることこそ本当の問題である、としてカタールやサウジの富裕層が自衛のために過激派に資金援助していることを非難し、先のアルジェリア人質拘束事件でのアルジェリア政府の対応を強く支持。武装勢力の活動を防ぐには、強力な国際連携が必要と説く。

一方こんな宗教論を展開している。「勢力を拡大する市場は、宗教の敵と見なされる可能性がある。市場は精神面より物質面、集団より個人、長期より短期的なものを優先し、宗教と対立するからだ。宗教と市場秩序の両立には、宗教が国家ではなく個人に属することが条件だ。国家の役割は個人が望む宗教を信仰できるようにすることだ。宗教規則への服従を強制する社会に自由はなく、市場は自由でない社会では機能しない。教育は非宗教的、近代的であることが重要だ。ナイジェリアの『ボゴ・ハラム』は『反近代教育』という意味で、彼らは宗教学校のみで行われる教育を要求している。穏健なイスラム教と民主主義は共存していけるが、イスラム過激主義と民主主義は両立しない。どのような宗教でもイデオロギーを強制する意思は全て、民主主義に反する。」

アタリ氏は、ここで「レゴ宗教」と呼ぶ彼独自の概念を出してくる。個人が好きなものをますます自由に選ぶ世界に向かいつつある。それは宗教にも当てはまる。現存する宗教を選んだり、様々な宗教の断片を集めて小さな宗教を作ってもよい。この断片で組み立てられた個人的な宗教こそ、あのデンマーク製のブロックのような『レゴ宗教』である。もうひとつのレゴの意味は、「L'ego」(自我)を意味するのだという。…まさに現代フランスの個人主義的な発想から生まれた概念だといえる。

…アルジェリア出身のユダヤ系フランス人であるアタリ氏がこれまで生きてきた空間は、まさに多文化共生のカオスであったはずだ。昨夏イスラエルに行って、いかに多文化共生が困難な問題であるかを実感した私は、『個人主義=人権という鎧をまとった自我』が必要不可欠な社会を見てしまった。善悪を越えた歴史的必然のような気がする。

アタリ氏は、最後にアフリカの話に触れている。やがて人口の4分の1を占めるであろうアフリカの最悪の事態は、カオスである、と。…そのコトバの下に、個人主義への帰依を主張しているように私には思えるのだった。レゴ宗教という概念もまさにそのコード上に構築されている。

2013年3月2日土曜日

京大アフリカ研の最新チラシ

今朝、新聞を取ろうとしたら、京大のアフリカ地域研究資料センターから講演会のチラシが郵送されていたのに気付いた。郵送というのは正しくないか。メール便であった。1月末に行われた松本仁一氏とエチオピアの教授の講演に続く『アフリカの潜在力を活用した紛争解決と共生の実現に関する総合的地域研究』の公開講演会である。
「現場からの課題と今後の選択技」というタイトルで、かの瀬谷ルミ子さんが来られるという。日本紛争予防センター事務局長。紛争後の復興、平和構築、治安改善、兵士の武装解除・動員解除・社会再統合(DDR)を行い、世界が尊敬する日本人25人(Newsweek:2011年)をはじめ、数々の称号を得ている凄い女性である。

3月の23日(土)、14時~16時、いつもの稲森財団記念館にて。申し込み不要、入場無料。

うーん。実は、この日は予定があるのだ。伊丹市で行われる第8回高等学校なぎなた全国選抜大会の日なのである。我がクラスのI君という男子生徒が出場するので、応援に行く約束をしている。なぎなたは女子オンリーの武道のように思われている(実際、インターハイも国体も女子競技のみ。)が、この選抜大会だけ男子の部がある。I君にとって1年間頑張った結果を試す唯一の機会なのだ。この日は3回戦までなので、2回戦から出場するI君の試合時間や結果次第で行けるかどうか決定する。早く3回戦まで進出を決めてくれれば問題なし、というわけだ。

前回(1月26日付ブログ参照)同様、他府県から、京大に駆けつけることになりそうだ。(笑)

2100年の人口予想に驚く

昨夜のTVで、世界の人口やGDPの未来予想ランキングを予想していた。ネプ&イモト世界番付という番組で、バラエティ番組なのだが、なかなか勉強になることも多い。あの眉毛の濃い登山家芸人のイモトがフツーの顔で司会をしている。(笑)私は、イモトの生身でぶつかるキャラが好き。(笑)

2100年には、インドが世界一の人口になることは十分に予想できたのだが、意外な結果だったのでエントリーしておきたい。人口推計の出所は国連である。
1位インド(15.5億) 2位中国(9.4億) 3位ナイジェリア(7.3億) 4位米国(4.8億) 5位タンザニア(3.2億) 6位パキスタン(2.6億) 7位インドネシア(2.5億) 8位コンゴ民主共和国(2.1億) 9位フィリピン(1.8億) 10位ブラジル(1.8億) 

ナイジェリアは、今もアフリカの人口大国だが、7.3億で3位となる予想である。しかし、7.3億とは凄い。私が特に意外だったのが、5位のタンザニア、そして8位のコンゴ民主共和国である。サブ=サハラ・アフリカから3カ国もランクインしていたのだ。ちなみに11位は、ウガンダ(1.7億)、13位がエチオピア(1.5億)となっている。

アフリカが、それだけ人口爆発していくわけで、アフリカの開発経済学の重要性がますます高まるわけだ。水、食糧、GDPなど世界規模の経済再編が行われることになる。うーん。課題が山積みである。以下のHPは、これ以外にも面白い統計資料が発表されている。参考までに。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1151.html

2013年3月1日金曜日

卒業式の日に

5組のウーリーシンキング
本校の卒業式は、毎年3月1日と決まっている。昨年は式に参加したのだが、今年は保護者席の整理やら講堂のドアの開閉など、役割分担もあって講堂の外でドアの隙間越しに耳を澄ませながら過ごした。私が2年間教えた3年生が卒業する。担任団にも親しいM先生やフー先生もいるし、思い入れも強い。

式の後、卒業アルバムを持って多くの生徒が職員室に来てくれた。やはり嬉しいものだ。最後に激励できるだけ激励させてもらった。特に1組と4組は最後の授業ができなかったし、昨年教えたのに今年は持ち時間の関係で担当できなかった2組や3組の生徒もきてくれた。

4組の南北貿易ゲーム
ところで、我がブログで不思議な現象が起こっている。2月の最初のエントリー、「ワンフェスに行けません」が、現時点で232もビューされている。今週だけで143、昨日だけで52のビューがあった。インフルエンザで、38℃の熱が急に出て、3年生の授業を断念して帰宅した話だ。、リアクションも全くなし。たしかに発熱したことが面白い、同意するということもないはずだ。(笑)何故、このエントリーがこんなにビューされているのか?よくわからない。ほんのわずかの3年生に、ブログの存在をもらしたので、3年生(卒業生)が見ているのかもしれないと思ったりする。(笑)それにしても数が多い。どなたか、この謎を説いてくれる方、コメントを下さい。もし、卒業生なら、うまく個人情報を隠して誰だか、私にわかるように…ね。必要なら、そのコメント、すぐに消してもいいから。(笑)

1組の仮想世界ゲーム
とにかくも、卒業生諸君、卒業おめでとう。理想に生きて下さい。いつまでも青春を謳歌して欲しい。私も来週から新たな理想に向けて、来年度の用意をしていくつもり。1組で行ったESDのための仮想世界ゲーム(高校生版)の総括をしてから、4・5組でやった各種アクティビティを再構築し、PBLの要素を高めた現在構想中の新アクティビティのマニュアル作成をする予定。常に前を向いていきたいと思う。