2014年9月30日火曜日

日経 欧州中央銀行総裁の伝言

日経朝刊の最終面に「私の履歴書」がある。このところ、欧州中央銀行総裁だったフランス人・シャンクロード・トリシエ氏の話が続いていて、今日が最終回だった。彼の、若者に贈る伝言がなかなかよかったので、メモをしてきた。

氏は、最初に南北問題と東西両陣営の対立という4つの次元で構成された世界から、市場が富の創造にもっとも有効な手段であると広く認められた世界へと変遷したことを述べた上で、次のような3つの伝言を記している。

1.列挙(上記の世界の構造的変化)してきたような驚くべき変化に備えよう。人生に、全く予期しない転換が来る。特に地政学、科学、技術、社会構造などの転換である。

2.世界の格段に早い変化を予期すること。情報技術や人の知能は急激に進化する。グローバル化で新興国の成長はさらに速まるだろう。世界の勢力図はそれゆえにもっと劇的に変わる。

3.3つの素養を磨いて欲しい。逃れようのないショックが起きたときの十分な復元力。さらに新たな仕事や社会の条件に対する柔軟性。さらに新しい変化を好機に変える創造性と素早さ。

なかなか薀蓄のある伝言だと私は思うのだ。私はもう若者ではないが、最後の3つの素養を磨きたいと思った次第。

2014年9月29日月曜日

日経「冷徹な頭脳より暖かい心」

故宇沢弘文東大名誉教授
http://voicejapan2.heteml.jp/janja
n/area/0607/0607020092/1.php
日経の朝刊に、先日亡くなった宇沢弘文東大名誉教授を偲んだ岩井克人国際基督教大学教授の論文が載っていた。タイトルは「冷徹な頭脳より暖かい心」である。「巨星落つ。」で始まるこの論文、正直、経済学の門外漢である私にはかなり難解な経済理論の話が出てきたのだが、一気に読ませてもらった。

岩井先生は、宇沢先生の門下生である故に、宇沢先生の人柄が偲ばれる論文だった。ロンドンに留学された際、貧民窟を指導教官と視察され、「経済学はこの人たちを救う使命がある」という思いを生涯持ち続けた話が印象に残る。

ところが、経済学と言うのは、極めて怜悧で数学的な学問である。先日も、生徒に教えたのだが、「経済人」という概念がある。経済学は、あくまで経済的合理性に基づく個人主義的な人間を基礎においている。宇沢先生はそもそも数学から経済学に移られた。極めて「クールな頭脳」を持っておられたわけだ。最初はアメリカで、数理経済学や新古典経済学の研究に従事される。しかし、常に、暖かい心を持つべきであるという葛藤に苛まれておられたのではないか、と岩井先生は分析されている。

大学紛争で、授業が出来ないとき、有志の学生や院生、若い研究者を集めて論じ、夜は飲みにいって、そういう心情を吐露されていたようだ。公害問題や環境問題に軸足を移されたのも、そういう反経済人的な「温かい心の経済学」の確立へと動かれたのであろう。極めて興味深い論文だった。

2014年9月28日日曜日

イチローの21年連続100安打

http://sportiva.shueisha.co.jp/clm
/mlb/2013/06/03/post_45/
ヤンキースのイチロー選手が、日米21年(MLBでは14年)連続の100安打を達成したそうだ。イチローとくれば200安打である。今のヤンキースでのイチローの苦労が偲ばれる。すごいストレスやろうなあと思うのだ。100安打連続記録は日本では王選手にならぶ記録である、と言われても、あまり嬉しいわけではあるまい。

イチローのコメント。「(100安打は)今年は難しいかと思っていましたが、目の前に(区切りの)数字があったのでね。やれないよりはやれたほうがいい。」まさにイチローらしい。常に自己のベストを目指しているイチローだからこその言葉だ。

私自身は、ヤンキースからどこかへ移籍して、もういちど200本安打、いや262安打を超えて欲しいと思っている。やっぱり、イチローの背番号は31ではなく、51だ。頑張れ、イチロー。

2014年9月27日土曜日

TICADⅥ、アフリカで開催?

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2014092500091
TICADⅤの際の関西の学生のブログから
すばらしいロゴだ。
昨日の日経の国際面に小さな記事が載っていた。首相が、ニューヨークの国連でアフリカの代表と会合し、次回・2018年のTICADをアフリカで開催する、と表明したというのだ。時事通信によると、アフリカ開催は、日本の意志というよりアフリカ首脳側の要望であるようだ。日本で開催した際のアフリカへの関心の高まりを考え合わせると、ちょっと残念だなという気もする。

アフリカ側は、日本企業の投資をさらに呼び込むため、そのほうが有効だと判断したのだろう。当然といえば当然である。4年後、アフリカ経済はどう変化しているだろう。この10年の変化は著しかった。

2003年、私が始めてケニアに行った頃は、アフリカ経済は停滞しており、経済成長率が低い理由についての論義が盛んだった。それが、中国の進出と石油・天然ガスなどをはじめとした鉱産資源技術の革新によって、一気にレンティア国家が登場した。統計をみると、アフリカの経済成長率が高いではないか?と気づいた。援助・支援というアフリカとの関わり方が見直され、ダンビサ・モヨ
女史の登場以後、投資に光があたった。一方、ポール・コリアーの影響で、アフリカを語る際には経済だけでなく政治・ガバナンスを語らねばならなくなった。

私のような素人でも、この10年間で、生徒にアフリカを語る際の切り口は大いに変化してきた。4年後といえば、さらに意外な変化をするかもしれないわけだ。今は、中国がアフリカ進出を大幅にリードしている。当然ながらメリットもデメリットもある。日本が、追随しなんらかの現状打破をはかるのか?それとも…。

そんなことを考えていたのだった。
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2014092500091

2014年9月26日金曜日

毎日 ESDユネスコ世界会議

毎日新聞の今日の朝刊に、ESDユネスコ会議が岡山・名古屋で11月に開催されるという記事が載っていた。ESDの紹介やユネスコスクールが705校にまで拡大したことも紹介されていた。

ユネスコスクールという存在を知ったのは、もうかれ10年以上前になる。小泉首相という人には毀誉褒貶があり、私も批判したいことがたくさんある。だが、2002年にヨハネスブルグで、ESDを世界に発信した点は大いに評価している。これに世界が賛同し、ESDの推進に動いた。しかし、日本では、ESDの推進を旨とするユネスコスクールは全く根付かなかった。国立の学校を中心に20校ほどが申請したが、事実上名前だけだったらしい。

大阪の高校では、国立O大付属高校のI先生が、府立K高校に人事交流に出られ、そこでユネスコスクールの種を植えるところから始まった。K高校の校長が偉い方で、O大付属高校に戻られてからユネスコスクールに申請すべし、K高校は2番目に申請する、と言われたと聞いている。この2校から大阪の高校のユネスコスクール化が始まった。私立H高校がそれに続いた。この頃、I先生から、次は大阪市立ですねと、私は声をかけられていた。これで、国立・府立・市立・私立と全てが揃うというわけだ。前任校で、幾度となく動いたのが、ついにユネスコスクール化は私の在任中に出来なかった。I先生を中心に、大阪で世界のユネスコスクールの高校生が集まったことがある。この集まりにも私は前任校の生徒と参加させてもらったが、生徒に「何故うちはユネスコスクールになってないんですか?」と詰問されたこともある。実に口惜しかった。

そして、ふと気がついてみると、府立高校を中心に、14校にまで拡大していた。もちろん大阪市立の高校はゼロである。

この11月の世界会議の件を、新聞の紙面で知るという事自体が、今の私の立場を物語っている。以前ならば、こういう情報は事前に入っていたし、何らかの形で参加する方向性をもっていたはずだ。

今、3年生の担任として、これ以上は出来ないというイベントによる人づくりを終えたばかりである。生徒たちが本当に愛しい。中間考査以後、新たなアフリカを題材にした新ゲームを実践しようと思っている。だが、ユネスコスクールをめぐる、こういう現状は実に骨身にしみるのである。

2014年9月25日木曜日

「悪名の棺 笹川良一伝」を読む

幻冬舎文庫の「「悪名の棺 笹川良一伝」(工藤美代子著・25年4月発行)を読んでいる。学生時代、朝日ジャーナルの読者で同時代の学生同様リベラルな立場だった私からすれば、「笹川良一」などという人物は、右翼故に論外の存在だった。論外ということは、知らないまま否定的であるわけで、50を過ぎて、なんとなく笹川良一について書かれた本を読んでみようかと思ったのだ。

ところが、なかなか面白い。川端康成とは幼馴染であったとか、北大路欣也の父親を救ったとか、草創期の航空ファンで、山本五十六と意気投合し、開戦反対派だったとか…。元パイロットのムッソリーニに飛行機に乗って会いに行ったとか。そもそも先物取引や株の投機家として財をなし、軍部からカネを受け取る必要のない異端右翼だったとか…。

なかなか興味深い話が書かれていた。たしかにスケールの大きな人物ではある。ただ、かなり女性関係についてはえげつない。世のため人のために獅子奮迅の働きをしつつも、そういう自らの家族についてはエゴ丸出しである。そういう意味では、儒教の大テーゼ、修身・斉家・治国・平天下の斉家が抜け落ちている、としか言いようがない。とんでもない人物でもある。

3/5ほど一気に読んだのだが、最後まで読んだ時点で、改めて書評を書こうかと思う。

2014年9月24日水曜日

米軍空爆 F22の初実戦

F22 ラプター
http://imagesci.com/f22-wallpaper-10567-hd-wallpapers.html/
f22-wallpaper-10567-hd-wallpapers
「イスラム国」に対するアメリカ軍の空爆が始まった。私が注目したのは、F22が初投入されたことだ。F22は、凄いステルス戦闘機である。日本でも次期戦闘機として配備されるF35などより、はるかに凄い性能をもっている。米軍は、たとえ友好国・日本でも配備することをゆるさなかった。そのF22がついに実戦を経験したわけだ。

毎日新聞の夕刊によると、まずトマホークで、爆発物製造工場などの拠点に47発。第二波で、中東の基地(おそらくは、トルコの基地からだろう)から、F22が投入され、イスラム国の本部や訓練場、戦闘車両などを空爆したという。F15やB1などと共に作戦に参加したようだが、おそらくはF22が先駆するカタチで最初に乗り込んだと思われる。F22は、敵のレーダーにはほとんど捉えられないからだ。その後、第三波でペルシャ湾の空母から、海軍機のF18が、中東の諸国からF16が空爆したという。うーん。完璧な作戦である。

ついにF22の凄い能力のベールが脱がされたわけだが、まだ詳細はわからない。だが、イスラム国だけでなく、ロシア、中国、北朝鮮などへの強烈な軍事的アピールとなると思われる。この辺、世界の警察を降りたとはいえ、中東諸国を空爆に参加させつつ、その力の誇示をはかるところなど、アメリカという国の凄みを感じさせるわけだ。

2014年9月23日火曜日

「最後の市場 アフリカ」を読む。

昨日に続き、購入した本の紹介。「最後の市場 アフリカ」(野村修一、ジェームス・クリア共著/日本実業出版社)である。この本は、あくまでビジネス向けであるが、「はじめに」を読んでみるだけでも面白い。

「アフリカ人は目がいい」という話を、なんとなく信じている人は多いのはないだろうか。しかし実は、WHOの統計によると、アフリカでは眼鏡を必要としている人は全人口の約2割にのぼる。アフリカの人口は10億人だから、眼鏡のマーケットは2億人規模で、1000億~3000億円の市場規模があると推測される。現在のアフリカの眼鏡市場が2007年~2011年のインドと同規模だと考えると、今後のさらなる成長が期待できる。

インスタントヌードルはアフリカで売れるだろうか。多くの人は、アフリカ人がインスタントヌードルを食べている様子を思い浮かべることは出来ないだろう。しかし、たとえば、ナイジェリアでは、即席めん市場の規模が600億円にまで膨らんだ。これは世界でトップ10に入る規模である。しかも今後も、2016年までに年率25%という急成長を続ける見込みだ。

もともとナイジェリアは麺を消費する食文化ではなかった。しかし15年ほど前に、インドネシアのインドフードという会社が「インドミー」ブランドのインスタントヌードルを売りだして以降、食文化が激変した。今やインスタントヌードルの消費は、西アフリカや北アフリカにまでも浸透してきている。このことは、インスタントヌードルで競争力をもつ日本企業にとってはチャンスであり、日清食品がケニアに、サンヨー食品がナイジェリアに進出している。

アフリカ人は、アフリカ原産の食材をそのまま食していることが多く、食材を加工して付加価値を高める、といった方法はほとんど見られない。しかし、ナイジェリアでインスタントヌードルが爆発的に普及したように、少しのきっかけでこの状況は変わる可能性がある。

…眼鏡の話はともかく、以前、即席めんのアフリカ進出の話(2013年5月13日・21日付ブログ参照)をエントリーしたこともある。食生活の変化が全て良いというわけでなく、特に先進国による小麦プランテーション化=小農の排除など様々な問題もあると思うのだが、アフリカに諸工業が根付き、雇用が生まれ、各地が豊かになることは重要であると思う。この本はゆっくり批判的に読んで聞きたいと思う次第。

2014年9月22日月曜日

「アフリカ経済 54カ国のすべて」

昨日、ラグビーの試合の帰路、K屋書店に寄ってきた。久しぶりにアフリカ関係の書籍が並ぶ書棚を見ると、既読の書籍の横に「1冊でわかる アフリカ経済 押さえておくべき54カ国のすべて」(ワールドエコノミー研究会/PHP研究所・本年9月30日発行)と、「最後の市場アフリカ」(野村修一、ジェ-ムス・クリア共著/日本実業出版社・本年2月20日発行)の2冊を見つけた。ともに、ビジネス書という感じだが、パラパラとめくってみて、購入を決めたのだった。

まずは、「アフリカ経済 押さえておくべき54カ国のすべて」の方から一読してみた。およそ、これまで学んできた私のアフリカ各国の知識と重なるが、最新の情報も挿入されていて面白い。いくつかあげてみようと思う。

ジンバブエのハイパーインフレは、米ドル、南アのランド、ユーロ、ポンドなどを法定通貨として導入することでひと段落し、やっと09年に経済成長率がプラスに転じたようだ。なお、14年には、人民元、日本の円も法定通貨に入ったらしい。もう行くことはないと思うが、もしジンバブエに行くなら、基本的に両替の必要が無いというわけだ。…私が行った03年は、円→ドル→ランド→ジンバブエドルという両替の連鎖だったぞ。

もうひとつ、ジンバブエの話。03年の頃、大混乱していた白人農場を中国が買い取るケースが増えているらしい。…おいおい。ムガベ大統領、黒人主体の理想はどこへ消えたんだ、とつい言いたくなる。

ガーナの話。日本の川商フーズという会社が、60年前からアフリカ向け(特にガーナやナイジェリア)の缶詰(青魚のトマト煮で「GEISHA」というブランド名)を発売してきたようだ。2010年からは、ガーナで缶詰を現地生産し、雇用促進。しかもガーナの魚とトマトを使い「地産地消」を図っているとのこと。一次産業でも雇用促進というわけだ。次は小学校の給食に使われるようにしたいらしい。…こういうBOPビジネスは素晴らしいと思う。日本企業は、どんどん雇用促進と工業のノウハウをアフリカに広げて欲しいと思うのだ。

ベナンの話。ベナンといえば、ゾマホン氏だが、すでに学校を6校建設したようだ。設立順に、「たけし小学校」(2000年4月・彼の印税収入による)、「江戸小学校」「明治小学校」(2001年4月・両校とも彼の印税収入)、「たけし日本語学校」(2003年11月・首都のコトヌーにあり、情報発信の場としてのジャパンハウス内にある。授業料無料)、「あいのり小学校」(2008年11月・TV局との共同プロジェクトで建設)、「いのうえ小学校」(2009年3月・ゾマホン氏と仕事で知り合った日本人井上氏の寄付)「所ジョージ小学校」(2009年3月・所ジョージ氏の寄付)。南から北まで、様々な地域に広がっている。…ゾマホン氏のこれからにも注目したい。

シオラレオネの話。日本の輸入は、年間約61億円。その99%がチタン鉱だそうだ。…シオラレオネとくれば、ダイヤモンドと思っていた。不勉強を恥じる次第。

ボツワナが中心になって進めているカジャングラ橋計画の話。ザンビア川のナミビア・ザンビア、ボツワナ、ジンバブエの4カ国の国境地域に、日本の円借款で2018年完成を目指すインフラ整備計画である。現在、ザンビアとボツワナ・ジンバブエの国境(カジャングラ)を結ぶのは、フェリーのみで国境通過に30時間もかかっているという。これを全長930mの鉄道併用橋で結ぶと、6時間に短縮できるとのこと。…日本も、ケニアで進む中国の鉄道建設に負けず頑張っていたわけだ。

2014年9月21日日曜日

ラグビーの試合に行ってきた10

ラグビー部の公式戦に行ってきた。朝10:00 万博公園。正直、祭りが終わったばかりでキツイのだが、3年生にとって大勝負の試合である。どんなにキツくても行きたかったのだ。

相手は同じ公立校のN高校である。練習試合では分が悪かったらしい。会場について、少し驚いた。昨日まで、司会で頑張っていたキャプテンI君も、昨年我がクラスだったY君も、可愛がっている3年生全てが、頭をまるめていた。5厘刈というのだろうか。柔道部などがよくやっている頭だ。おそらく、昨日までの「祭り」の日々から完全に切り替えて今日を迎えたかったのだろう。

Y君はフロップの3番である。試合中、相手にぶつかるたびに頭がすべるのか、ヘッドキャップがすぐ脱げていたほどだ。とにかく、今日の試合、気合が入っていたのだ。しかし、フォワードはほぼ互角なのだが、バックスの差が出た試合だった。特に、相手の15番フルバックは、上手い。その分、押されていた。

正直なところ、最初は点数を覚えていたのだが、疲れもあってだんだん判らなくなった。本校は2トライを挙げたのだけは覚えている。点数差など、どうでもいい。最後の最後まで、我がラグビー部は「あきらめへんぞ。」「まだ、いける。」とキャプテンの声に応じていたのだ。しかし残酷なノーホイッスルの笛が、秋晴れの空に響いたのだ。

ふと、昔々の歌が脳裏によぎった。「年がら年中、疵だらけ。泥んこ修行は何のため。勝って帰らにゃ男じゃない。」こういう純粋な思いと努力こそ、青春なんだなあ。そして青春はある意味、残酷である。

さてと、私もラグビー部同様、「祭り」の長い間ゲン担ぎのようの伸ばしてきた無精ひげをそうろうかな。

2014年9月20日土曜日

”WICKED” その16 4組の美学

フィナーレ「星になれたら」の大合唱
 文化祭2日目。3年生のメインは、午後からの結果発表だった。結論から述べると、我が4組の舞台は優勝できなかった。CMもアドパネルもである。こういう残酷な時間を過ごすのは、3年連続。この件についてコメントするのは、私の美学に反するので沈黙するのみである。

当然我が4組の生徒は、大ショックを受けた。団長のA君も、結果発表を受け、さすがにショックを隠せなかった。だが、壇上では一切審査結果や他団の非難などは口にしなかった。それでいい。
3年連続となった超LHR クラス代表が語っている
結果発表を終えて、またまた超LHRとなった。A君にこのLHRの進行をまかせた。一人ひとり、様々な思いを口にした。だが、泣きじゃくる女子も、なんとか笑いを取ろうとする男子も悔しさを隠せない。それでいて他者への批判は誰一人言わない。うん、それでいい。

みんなに共通していたのは、我が4組の誇りである。4組でよかったと皆が実感してくれていた。私は、皆に紙を配った。「4組だけの卒業文集をつくるぞぉ。」「この三連休で、今回の”WICKED”への想いを書き残そう。シナリオと共に卒業式の時に配るぞ。また作製に協力してなあ。」

優勝できなかったとはいえ、今回の”WICKED”で得たものは大きい。口で表現しにくい生徒もいるだろう。それらを是非整理して残しておきたい、私はそう思ったのだ。

最後に、団長を後ろから抱きしめて名を呼び、「こいつが最高の団長だ。」と私は吼えた。そしてあいつが最高のクラス代表だ。そこにいるのは最高のプロデューサーだ。その横にいるのが最高の演技チーフだ。…」と、リーダーをやってくれた多くの生徒の名を呼んだ。

LHRを終えて、職員室に戻る。すると、8人の団長がそろってやってきた。体育祭・文化祭をささえていただいた特別活動部の先生方に、全員で礼を述べていた。「こんなことは初めて。」とは部長のF先生の言。「疲れがふっとぶなあ。」「嬉しいなあ。」と他の先生方も。

人を育てることが目的。舞台や団アピールといった演技は、その方法でしかない。ましてその結果においておや。改めて、そう実感したのだった。
とはいえ、「佳作の人」(13年7月2日付ブログ参照)である私の悔しさは、今回に限って尋常のものではない。

2014年9月19日金曜日

”WICKED” その15 本番

いよいよ、3年生の舞台発表の日である。午前中4クラス、午後4クラス、計8クラスで競い合う。今年は、午前午後それぞれの舞台の前にCM上映がそれぞれ4クラスずつ。まずはオープニング。軽音楽部の演奏も、司会のビデオ、漫才も、団長8人のダンスも、全国大会出場のキレッキレッのダンス部の演技も例年以上に素晴らしいものだった。

少しだけ講評しておきたい。8クラス全部見たのは初めてだ。午前中のトップは、青団・武道科のレ・ミゼラブル。オペレッタ形式。真剣な演技で、歌も素晴らしかった。これまでの武道科の舞台演技の歴史を変えた素晴らしい舞台だったと思う。オレンジ団。テルマエ・ロマエを組み込んだオリジナル・シナリオでなかなか楽しい舞台だった。桃団。文Ⅰの進学クラスもオリジナル・シナリオ。クラスのメンバーのキャラを生かしたメルヘンだったが、いろいろな演出の工夫がされていて、クオリティの高いクラス劇だった。。そして、黒団。体育科で、吉本新喜劇をどうしてもやりたいと言っていた。まだ公式戦が続くゆえ、テキトーにやるのかと思ったが、極めて真面目に笑わせていた。抜群の呼吸だった。凄いな。最後に、保護者への感謝の手紙を入れるあたり、泣かせる場面も。

そして昼休みになった。我が4組は、後半30分を最後の練習に当てるという。最後の最後まで修正に余念がない。ところで、1人、M君が体調を壊し、まだ来ていない。朝から何度か電話して気が気ではなかった。だが、私は信じていた。そして昼休み直後に全員が揃った。頑張れM君。

後半のCM上映が始まった。我が4組(緑団)のあまりに時間をかけたCMに、会場が息を飲んだ。そして大拍手をいただいた。司会も、「緑団のCMを見て、(自分の団の作品が)ハズかしなったわあ。7月からずっとやってきたらしい。凄いな。」などと褒めてくれた。ちょっと嬉しい。

黄団の舞台も面白かった。鬼から見た桃太郎という変わった話だ。舞台チーフの生徒から、体育科でメンバーが揃わず苦労していると何度か相談を受けていたので心配だったが、生徒には大ウケだった。赤団。我が元2年5組の第一秘書ともいうべきY君が中心となっていた舞台だ。ここには元5組が多い。白雪姫が、シンデレラ姫となり、美女とい野獣の美女になり、最後に元に戻るという話。細かい演出もなかなかのものだ。100点満点のクラス劇だったと言っていいと思う。元5組、よくやった。紫団。ここも元5組が多い。中でもM君やK君がクラスを支えていた。隣席の担任S先生から、厳しいクラスの情報を聞いていた。それを跳ね除けての今日の舞台だ。よくやった。本当によくやったと思う。そして、いよいよ、大トリ、我が4組である。エルファバ役の緑色のドオランを塗るために女子5人ほどが早めに会場を後にした。そして、紫団の演技の前に残り全員が会場を後にする。いつもなら、私も付いて行くのだが、今回は生徒に全てを託すことにし、舞台後方の2階席でじっと動かず見守ることにした。

”WICKED” は、引き割り幕の前で、ドロシーとかかし、きこり、そしてライオンの4人が、この話を紹介することから始まる。舞台中央には、緑色の本。そこから、彼らに紹介された主人公2人が紙を破って飛び出てくるのだ。(一番上の画像参照)トリで、観客の集中力も切れた頃である。一気に舞台に引き込む演出だ。この本は太目の木枠を黒子が抑えている。黒色で固めた衣装に黒子頭巾。実は、この頭巾、オークションで落札したもの。雨の降る夜中にO君が振り込みにいってくれたものだ。や衣装小道具ひとつにも、ドラマがある。見事に成功した。そして歓声。

引き割り幕が開き、「♪エメラルド・シティー」の歌とダンス。体育祭で使ったポンポンも使い、素晴らしい演技だ。会場がどよめき、息を呑み見入ってくれている。そして大拍手。

話は、オズの魔法使いの部屋から始まる。仲のいいエルファバとグリンダ。でも彼女たちは昔、仲が悪かったのだ。場面が一気に転換する。過去の話になる。ここで、「♪大嫌い」の歌とダンスなのだが、この場面転換に、時計が登場する。暗転の中、アクリル板に穴を開け、50cmほどの時計版を作った。不用品の時計部品を中央にして、元の針にケント紙をつけ大きくした時針・分針を逆に回す。実は、この時計、2個のレフランプで光る。高さは3mほど。この大道具に会場はさらにどよめく。夏休み中、この時計製作には本当に苦労した。感無量である。

「♪大嫌い」も見事だった。その後、なぜ二人が仲良くなったかを演技で説明していく。グリンダがいらない帽子をエルファバにあげるのだが、それを好意と誤解したエルファバ。学校のシーンでは、黒子が黒板を持って大道具化する。さらに額縁をもった男の肖像。ちょっとした道化(クラウン)役でもある。グリンダがエルファバの気持ちを知り、改心して「どこへ行くの?」「親友のところ」というセリフで、サムズアップ(親指を立てるサイン)。もちろん、ピンスポットが追う。

そして「♪ポピュラー」素晴らしい。ほんと皆、この数週間、朝昼晩と何度練習したのだろう。そして、エルファバとグリンダはOZの部屋に戻る。今回の舞台のシナリオは、”WICKED” の中の友情を基本ポリシーに選んだ。その仲のいい二人は、OZのたくらみに異を唱える。魔法の本を持ち出したエルファバ。追っ手を向けるOZ。それを阻止しようとするグリンダ。最後のシーンである。

引き割り幕を開くと、エルファバは3mほどの高さに位置している。黒い服が拡がり、手に魔法の本。2人の友情を示す呼びかけと「♪自由を求めて」これは、歌のみである。最後の最後まで皆が練習していたのが、この歌だ。かなり難しい。残念ながら、練習のし過ぎで声もかすれがちになってしまったのだが、私は本当にジーンときた。後で、桃団の舞台チーフN君から「涙が出ました。」という感想を聞いた。凄い舞台だったと思う。

そしてフィナーレ。全員が出てきてもう一度「♪エメラルドシティー」をアカペラで歌い、「ありがとうございました。」と舞台チーフでシナリオライターのS君が言って緞帳が閉まっていく。最後の最後まで礼をしたまま頭を上げなかったのは流石。4組全員の真剣さのなせる自然な業だろうと思う。

と、いうわけで本番が終了したのだった。もちろん細かなミスはたくさんあった。もう一週間あれば、とも思う。だが、私は十二分に満足だ。一人も漏れなく、この舞台で大成長したのだから。

2014年9月18日木曜日

”WICKED” その14 体育祭

我が4組が舞台でやろうとしている”WICKED” というのは、ミュージカルのタイトルであるとともに、緑団のテーマでもある。体育祭では、応援アピールで行うわけだ。だから、今日のエントリーも”WICKED” その14とした。この応援アピールは、1年生・2年生を指導しながらのものなので、最も団活動らしい団活動である。

結果から先に述べると、8クラス中で第3位になった。皆1位を狙っていたので、ちょっと残念。だが、賞状と高得点をゲットしたわけだ。昼休みに教室に行ってみると、最後の最後まで練習していた。その熱意たるや、凄いと思う。だが、私が嬉しかったのは、結果ではない。ある事件があったからだ。

実は、あと少しというところで、音楽が突然止まったのだ。おそらく放送部のミスだと思うが、私はその時、格技場の屋上から写真を撮っていた。だが、我が緑団は、そのまま演技を続ける。他の団も手拍子で応援してくれた。だが、本部の判断で演技中止、最終にもう一度ということになったのだ。

これはしんどい。気を一度抜かれたのだ。普通、団長やリーダーたちは、ここでもう一度気合を入れたいところだ。しかし、彼らは、他の団の演技を静かに見て、静かに移動した。一切声を出したりしなかった。4月から長い時間をかけて作り上げてきた演技である。他の団は、演技が終わるたびに雄たけびをあげる。我が団のトラブルもあって、進行が早い。雄たけび中に他の団の演技が始まってしまい、開始と重なってしまう。だが、我が団は、一切他の団に迷惑をかけなかった。

私は、そこが凄いと思うのである。自分たちのことだけを考えない、他への配慮。これこそ団長のA君の思いであり、私が彼に与えた指針でもある。再演技終了後、A君にその旨を確認した。「気合を入れなかったのはさすがだ。」「もちろん、1・2年生に再演技をするうえで小声で気合は入れました。だが、他の団に迷惑をかけるような声を上げなかっただけです。」…嬉しいねえ。結果は3位でも、その品位は絶対に1位だ。

体育祭の種目得点は、2年生の体育科が頑張ってくれて、結局4位だった。これは想定内。体育祭は、絶対的に3年体育科がいる団が強い。問題は、明日からの舞台とCM、アドパネルである。皆、総合優勝を信じて頑張っている。中でも、舞台の優勝は絶対譲れない。全員がそう思っている。

特に、3位に終わった応援アピールを引っ張ってきたのは、プロデューサーのN君である。明日は負けないと、決意を新たにしているはずだ。

2014年9月17日水曜日

”WICKED” その13 反省会

いよいよ最終の総合リハーサルの日である。全員がそろって、衣装も大道具、小道具、音響、照明も本番同様に行うわけだ。

演技や、歌・ダンスなどは、舞台練習があるたびに進歩している。休み時間やSHR前にも、いつも練習しているのだ。うん、なかなかのものである。ところが、大道具の入りハケなどダンドリが悪い。準備に莫大な時間がかかってしまった。実は、本校の講堂には、舞台裏から入れる階段がある。ダンドリよく、上手・下手に道具を振り分けて運び入れるとこから始める必要があるのだ。リハ開始時間が二転三転したこともあいまって、今回は、ここに大きな盲点があった。

結局、演技自体は25分で十分だが、そのダンドリが大きな問題になったわけだ。リハーサル終了後、皆でどうすればいいか、考えるように指示した。わがクラスの後、舞台では、引き続きオープニング等のリハが行われるので、団長のA君もプロデューサーのN君も不在。しかし、副団長のM君やクラス代表のT君、シナリオライターのS君、大道具担当のO君など、脇を固める男子メンバーが、反省会を進めてくれた。まずは、出演している女子の意見をクラス代表が黒板にまとめていく。後ろでは、道具の入りハケをA君とO君が図式化している。そう、それが必要なのだ。前々からリストを作るよう指示していたのはそのためなのだ。これだけ複雑な舞台になると、絶対ヒトとモノの相関図が必要になる。やっと、ここまで生徒諸君のマネジメント能力が引き出されてきた。黒板で、M君が説明していく。

前では、普段あまり発言しない女子生徒もバンバン発言している。いい舞台にするためにみんな真剣である。あれ?男子3人が、会議には参加せず、なにやら作業をしている。ダンボールなどを片付けているのだ。聞くと大道具や衣装を整理するためには空間の拡大が必要だと考えたらしい。まずは、そこから、というわけだ。自分のやれること、やったらいいと思うこと、それを皆真剣に考えて実行に移している。

結局2時間以上話し合いは続き、みんなでシェアできたようだ。私の長い教師生活でも、何度もいい舞台をつくってきた。だが、今までこんなクラスがあっただろうか。ほんと、嬉しい。何度も書いているが、イベントは人づくりだ。担任として、今日の反省会で大きな達成感を得た次第。

2014年9月16日火曜日

”WICKED” その12 自画自賛

教室で通し稽古
三連休と体育祭予行の隙間のような1日であった。こういう日に限って、授業が4時間もあったりする。それも、ナチスがどういうふうに政権を握ったかというような、世界史を学ぶ意味が問われるような授業であるのだが、3年生は、ほとんどのクラスが団活動疲れで、クタクタである。授業を進めるうちに、次々と即身成仏して(眠りに落ちて)いく。(笑)

わが4組も、授業中はどうだか知らないが、明日の最終リハに向けて放課後どっと動き出した。まさにラストスパートである。今日は舞台を使えないので、教室で通し稽古をやっていた。このところ、進学のことで悩んでいて出遅れていたS君も、黒子としてシナリオを熟読しながら、細かい作業のつめをしていた。本当は照明を担当して欲しかったのだが、生徒たちで決めたことだ。それでいい。また、廊下に少し白いペンキ後が残っていて、気になっていたのだが、N君がコツコツと掃除してくれていた。これもうれしい。

ところで、今日から就職試験が開始である。今日はわがクラスから2人が受験した。放課後帰校して報告書を書いた後、さっそく団活動に合流していた。それも嬉しい。他のクラスからも、わがクラスの団結力には賞賛の声が上がっている。

一人ひとりの成長がイベントを成功させる。いや、結果がついてくると私は信じている。3年生らしい3年生だ、わがクラスは。と自画自賛。明日は、いよいよ最終リハーサルである。

2014年9月15日月曜日

”WICKED” その11 前三後一

CMの撮影現場より
三連休の最終日である。土日の二日間、生徒に任せきりであった。朝8時から、就職の生徒の面接をしてから団活動を見に行った。最大の懸案であったCMビデオは、最終締め切りに間に合い、無事完成していた。担当のS先生にわがクラスの完成作品を見せてもらったが、なかなかのモノであった。心底ほっとした。

教室では、アドパネルやら大道具やらの製作が思った以上に進んでいた。なかなかいいぞ。15時から2時間の舞台練習を見に行った。まずは、歌とダンスの舞台練習。各人の立ち位置を確認後、練習。今回のミュージカルでは、4曲も挿入されている。なかなかのものだが、プロデューサーのN君は、まだまだ満足していないようだ。(笑)これが、うまくいけば、凄い舞台になるはずだ。

本日の舞台練習 ♪エメラルドシティー
私が任している間に、いくらか演出上の変化があった。巨大な舞台背景や机やいすの使用は、私の趣味ではないけれど、生徒が考えてそうしたいのなら、それでいい。あくまで生徒の舞台だ。この二日間で、変化した大道具等は、今日の舞台練習に間に合わせてきた。それでいい。
だが、大道具が増えれば、それだけ人とモノの動きが複雑になる。思ったとおり、四苦八苦していた。3人ほど、今日は生徒が来ていない。たった3人だが、その分が重荷になってきているのだ。「先生の言っていていた黒子が重要だという意味がよくわかりました。」とはシナリオライターのS君の言。だが、いいではないか、最後までやってごらん。「机とイスには、下にテニスボールを100円ショップで買ってきて音をやわらげます。」とは団長のA君のアイデア。なかなかいいではないか。

17日の最終リハーサルまでには、生徒自身の手で、なんとかするだろうと思っている。いいクラスだ。前三後一.三歩前に進んで、一歩引いて考える。今日は、生徒にとってそんな一日であったはずだ。

2014年9月14日日曜日

中公文庫「戦争の世界史(下)」 4

ヨーロッパで近代国家が形成される過程において、ナポレオンによって国民皆兵(徴兵制)がしかれた。これで他国も含め国民国家化が一気に進む。ナポレオン以後、プロシアが参謀制度を確立する。プロシアのこの国家戦略は見事に当たり、他国もこれに追随する。WWⅠでは、この国家規模で編成された軍に、近代産業が技術的に関わっていき、軍需生産のマネジメントのために官僚組織が形成されていく。WWⅡは、それがさらに拡大、巨大化していくのである。「戦争の世界史(下)」 を読んでいると、近現代史における戦争の意味が、たんだんつかめるようになっている。

…今日も、頭の中は文化祭のことでいっぱいである。わが4組はどう動いているのだろうか。実は、私はこういうイベントに関してはかなり詳しい。演技進行庶務という立場で、様々なイベントの進行状況を見ながら、人、モノ、カネのマネジメントをしていた経験がある。だから、生徒の動きを見ていると、大局から見た戦術的な取り組みの甘さや、戦術的な細かな手配の遅れが次々に見えてしまうのだ。正直、これは苦しい。大きなストレスとなっている。

戦争と言うのは、国家の命運をかけた命がけのイベントである。自国の戦力をいかに効率的に使い、勝利するか。まさに、人、モノ、金のマネジメント能力が試されるのである。この本でも、WWⅠで、ドイツがチリから輸入していた火薬原料をイギリスに封鎖され、国内で代理品をつくり対応していたこと。その生産量によって、砲弾の量を制限していたことなどが出てくる。こういう計算をしていた官僚が存在し、それを実現していた産業家がおり、実務的に動かされていた人々がいたわけだ。

国家の官僚制度は、二度の世界戦争によって大いに組織改革を迫られたであろうことは想像に難くない。夜警国家などと悠長なことを言っておれない時代に突入していくわけだ。ケインズの理論が、大恐慌以後、比較的スムーズに多くの国家に取り入れられたのは、その理論的な優秀性だけでなく、WWⅠによって形成され、訓練された国家組織がすでにあったからだともいえるだろう。

…ところで、文化祭。マネジメント能力を強要されているのが、今の本校の3年生なのだろう。私だって、何も学ばず、何も失敗せずマネジメント能力を身につけたわけではない。舞台発表まであとわずかである。私も最後の力をふりしぼって生徒諸君の力を大いに引き出したいと思っている。

…「戦争の世界史(下)」を読んで、現実とオーバーラップしながら、こんな感想をもったのだった。

2014年9月13日土曜日

中公文庫「戦争の世界史(下)」 3

http://www.calypso.jp/staff/blog-ryuji/post-25.html
昨日、中公文庫「戦争の世界史(下)」 を読み終えた。正直、頭の中は、生徒にまかせている文化祭準備のことでいっぱい(9月11日付ブログ参照)だが、切り替えて備忘録的にエントリーしておきたいと思う。

まず、長年私が不思議に思っていたことへの著者の回答。それは、WWⅠで、初めて使用され、開発が一気に進んだ毒ガスのことだ。何故WWⅡでは使用されなかったのだろうという疑問である。
著者は、まず、技術開発担当者の関心が毒ガスから戦車や航空機に移っていたこと。次に、こちらのほうが重要だが、軍人の間で、使った側が何だかこそこそして非英雄的に見える兵器に対しては心理的嫌悪感がもたれたのではないか、というのである。

先日エントリーしたように、欧米におけるギリシア・ローマの古典的素養は重要な教育の一部分であり、英雄崇拝が強いという話が出てきた。まさにこの裏返しだというのである。私自身は、これに大いに納得できる。世界的に見ても、こういう神話的な英雄崇拝の文化は多く存在するわけで、毒ガスや生物兵器といったものは、極めて非英雄的で、少なくとも軍人としての誇りを持つ者は使用しないのだというわけだ。…よって、オウム真理教など論外。サダムフセインやアサド(これは反政府勢力との情報もあり未確認だが)も、極めて低く見られるわけだ。

さて、この英雄的行為と軍人としての職分について昔から抱かれてきた観念は、最近の技術水準を反映した陸海軍の実情とは齟齬をきたし、その結果欲求不満が生じていると著者は言う。こうした内的緊張は戦争の官僚化と産業の最初の段階からあったものだが、プッシュボタン戦争は、筋肉的な武勇のまさに対極である。

こういう記述を読むと、米軍がやたら「無人偵察機」や「空爆のみ」にこだわる現実や、中国の「挑発的行為」について、考え込んでしまう。

この文庫本は、極めてアカデミックに大局的な視点から戦争と歴史を論じている。なかなか凄い本である。

2014年9月11日木曜日

”WICKED” その10 吐と叶

放課後の舞台練習 ♪ポピュラー
朝のSHRでのことだ。団長のA君が皆に伝えたいことがあると言う。「忌引きでいなかった間にいろいろなことがあったと聞いてる。フェイスブックで、得た話やねんけど、皆に伝えたいねん。愚痴を吐くのは今日からやめよう。(と、吐くという字を黒板に書いて…)あいつがおらへんとか、あの子がどうのとか。愚痴を吐くという字、口があってブラスとマイナスや。前向きな意見、ブラスはいい。マイナスになる愚痴はやめよう。すると…(吐と言う字が叶に変わった。)夢が叶うやん。な。」

なかなかいい話だった。実は、これには理由がある。前日、女子のキャストやスタッフ内で少々、意見の衝突があったのだ。団長のA君や副団長のM君、シナリオライターのS君らは、夕食を共にしてどうするべきか相談していたのだという。で、結局、今悩んでいる女子の家の近くまで行き、その心情を聞きにいったらしい。やるなあ。

これまで、わが4組は平穏無事に、進んできた。ここにきていろいろな問題が出てきたのだ。で、団長はいろいろ考えたのだろう。彼なりの結論がこの話だったのだ。私は、実に嬉しかった。みんな真剣だからこそぶつかることもある。こんな時こそ、生徒同士で解決して欲しい。イベントは人づくりである。まさに、そういう状況が生まれてきた。

放課後、舞台練習があった。心配していたのだが、女子のキャストははるかにうまくやっていた。様々な葛藤をかかえながら頑張っている。演技もいいし、歌もいい。ダンスもよくなってきている。土曜日から三連休である。この三連休の間の精進次第では、さらに素晴らしいミュージカルに引き上げることができるだろうと確信した。

舞台練習の後、黒板にはまだ授業の板書が残っていた。悩んでいた二人が、それを綺麗に消してくれていた。やらねばならないことをやろう。そして出来ることをやろう。その精神が息づいている。私は、そんな何気ない状況に心打たれる。

三連休は、私は土・日はあえて休息をとることにした。後は生徒だけで完成に近づけて欲しい。リーダーたちにそう言うと、頷いてくれた。プラス思考でいけば必ず夢は叶う。まさにその通りだ。

2014年9月10日水曜日

”WICKED” その9 佳境

棒引き予選
毎日のように朝早くから夜遅くまで、体育祭・文化祭のための団活動が続いている。日々、ドラマの連続である。昨日は、最初のリハーサルだった。まだまだ完成にはほど遠い。リーダー群もかなり焦っている。ちょっとしたパニック状態になった、と言ってよい。私はと言うと、寝てもさめても様々心配事への対処法を考えているので、ストレスが溜まる一方だ。(笑)

今日は、5時間目が体育祭のアピールの練習。6時間目は、雨で順延になった体育祭の棒引きと綱引きの予選が行われた。わが4組・緑団は、忌引きで団長不在。だが、クラス全体で団長の分まで頑張っていた。アピールはほぼ完成した。1・2年生も嬉々としてアピールに取り組んでいる。副団長やクラス代表をはじめ、みんなが盛り上げていてくれた。練習終了後、ポンポンを全員で手際よく集めている姿に私は、実に嬉しかった。自分がしなければならないこと、したらいいと思うことをどんどんやれ、と言っていたのだが、まさにそういう動きである。全員が協力している。これで、舞台も何とかなる、と確信した次第。

6時間目の予選は、棒引きは女子が圧勝したのに、男子が追いつかれ、結局3位。体育祭当日は、5位・6位決定戦に出場、綱引きは、団長の名前をコールしながら頑張っていたのだが、結局最下位。7・8位決定戦に出場することとなった。

放課後の歌の練習
SHRでは、団アピール、舞台、CM、そしてアドパネルと、残りの戦いで、必ず巻き返せるぞぉと鼓舞しておいた。私が言わなくてもみんなその気だ。さっそく放課後も舞台の歌の練習や大道具の製作にと動き出した。私は、近くの古着屋へ生徒と衣装探しに出かけたのだった。

古着屋から戻ると、忌引きだった団長のA君が教室にいた。さっそく皆にアピール練習と予選の時いなかったことに詫びていた。頭の中は、団活動のことばかりだ、という。うん。そういう生徒諸君が無茶苦茶増殖している。(笑)

日経 ダライ・ラマ14世の転生

ダライラマ5世
観世音菩薩の
生まれ変わりという
日経の国際面に、小さな記事が出ていた。凄いニュースなのだが、他紙にはあまり載っていないようだ。ダライ・ラマ14世の話だ。ドイツでのインタヴューで、自分の死後、後継者選びを廃止すべきだと述べたのである。以前、再考すべきと発言したことがあるが、廃止すべきと明確に述べたわけだ。

ダライラマ14世は、13世の生まれ変わりである、とチベットの人々は信じている。生まれ変わりの少年を探す話は凄い。詳しくは、以下のHPを参照いただきたいが、3歳にも満たない現14は、13世の数珠を欲しがり、マントラを唱えたし、探しに来たリンポチェ(高僧)の名を当てたという。

ダライ・ラマ法王日本代表事務所
http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/hh_reincarnation.html

ダライ・ラマは、輪廻転生制度(後継者探しの儀式)を廃止すべきとした理由を、転生者は中国支配下のチベットではなく、平和な世界のどこかの国に転生するだろうと述べている。前世が遣り残した仕事を引き継ぐのが転生者である。遣り残した仕事を継承できない国に生まれたら、転生者として生まれ変わる意味がないというのである。凄いな。強烈な中国批判である。

このダライ・ラマの転生、儀式を廃止した場合、チベット仏教はどうなるのだろう。妻も、凄いニュースやなあ、と話していたのだった。…変な家。(笑)

2014年9月9日火曜日

教養としての音楽史を語り合う

http://labaq.com/archives/51521877.html
わが4組の副担任は、今年音大を卒要したばかりの若いY先生である。もちろん音楽が担当である。ミュージカル・WICKEDの歌の指導をしていただいたり、準備室でCM撮影をさせていただいたりと、ずいぶん協力していただいている。毎回、舞台での練習も見に来ていただいている。

Y先生と今日ちょっとおもしろい話をした。今、音楽の授業で「音楽史」をやっているらしい。3年生は、あと10日に迫った体育祭・文化祭のことで頭がいっぱいらしく、授業に身が入らない。先日も、私の世界史Bでは、最後まで起きていた生徒が5人というクラスまであった。ひどいもんだ。で、「みんなちゃんと聞いてる?」とY先生に聞くと、笑いが帰ってきた。私とあまり変わらないようだ。

音楽史は、当然クラシック音楽の歴史になる。最近の高校生は、アイネ・クライネ・ナハトムジークと言ってもほとんど知らない。トッカータとフーガニ短調といってもダメ。聞けば、ああ、あの曲とわかるかもしれないが、こういうモーツアルトやバッハの有名な曲くらいはスラスラでるようにして欲しいもんだ。そんな話をしていたのだった。

Y先生の前の席には社会科のT先生が座っている。そういう教養って大事ですよね、という話になった。美術史も大切な教養だね、という話になったりした。

私は、中学生の頃、クラシックにはまったので、こういう基礎的な音楽史の教養を自ら得た。未だにベートーベンやドボルザークの交響曲のメロディがすっと浮かぶ。だいぶ聞き込んだのだった。一方、高校時代は、美術史の素養を深めた。西洋美術史の太い本も買い込んで自分で勉強した。ある先輩がら、何の時だったか忘れたが、「それはダダか?」と聞かれたことがあった。ダダイズムという意味である。第一次世界大戦くらいに起こった、それまでの既成概念の破壊を目指した芸術運動である。こういうコトを知らないと、先輩の話についていけなかったのだ。教養などというものは、基本的に背伸びして得るものである。私はそんな気がしている。

Y先生にも、大いに生徒に背伸びさせてやって欲しいと願っている。

2014年9月8日月曜日

TOKIO 城島茂は男でござる

http://blog.livedoor.jp/tangomin/lite/image/18064107
このところ、硬い話題が多かったので、今日はこんなことを書こうと思う。

先週の日曜日に、24時間TVがあった。私は、この手の番組にはあんまり興味がないのだが、101kmをTOKIOのリーダー、城島茂が走ると聞いて、家内とつい見てしまった。何度かエントリーしたが、わが夫婦は、TOKIOのファンである。鉄腕ダッシュを長年見ているからだ。

妻が言うには、TOKIOの5人は人柄がいいという。特に、リーダーの城島はいいと言うのだ。TOKIOというアイドルグループは、ジャニーズの中でも異質だと思う。人柄、人間性をかなり露にしている。表面的なアイドルの側面より、そういう部分が魅力的なのだと思う。中でも、リーダーの優しさは群を抜いている。運動音痴なところが、およそアイドル的ではない。TOKIOは基本的にダンスをしたりしない。バンドである。城島は、リードギターを担当しているが、踊っているところを見たことがない。きっとうまくないのだろう。だが、クレーンを操れる。(笑)極めて変わったアイドルだ。

今回のマラソンにあたって、これまでの長距離走の最長は中学時の1500mだという。私と同じだ。苦労するだろうなあ。思わず、応援してしまう。
城島は配慮の人だ。常に笑顔で接する。様々なドキュメントも見たが、その辺徹していた。しかし、想像を絶する苦痛の中で、結局終了時間までにゴールした。これはライブで見たが、少しばかり、感動した。TOKIOのメンバーが一緒にゴールしなかったのも凄い。今回の司会は後輩なので、彼らを立てたのだという。だからこそ、人柄のTOKIOなのだ。

城島は、ダッシュ村でお世話になり、先日逝去された”アキオさん”の回復を祈って走ることを決意したのだと思う。城島の頭にまかれたタオルがアキオさんそのものだった。だが、あまりそのことを強調しなかった。それも、優しさなのだろうと思う。

一度このマラソンを走ったことがあり、城島と最も関係が長いぐっさん(山口)は、最後まで心配していた。アキオさんの墓参りにも行って、城島のマラソンの件を報告していた。そして自らの経験があるからこそ、城島の奇跡的な走りに深く感動していた。その表情もよかった。感情を率直に表していた松岡もいいし、盛り上げようとはしゃいでいた国分も長瀬もいい。

あまり芸能界に詳しくない私だが、率直に、城島をリーダーとするTOKIOって素敵だなと改めて思った次第。

2014年9月6日土曜日

毎日 ソマリアでの米軍作戦

http://blog.livedoor.jp/nappi11
/archives/4168837.html
毎日新聞の夕刊に、ソマリアのイスラム原理主義の過激派アルシャバブの最高指導者が米軍によって殺害されたとのニュースが載っていた。国防総省の報道官によると、1日に行った空爆で、最高指導者ゴダネ氏を標的とし、野営地を破壊。その生死は明言されていなかったのだが、死亡が確認されたのだという。

アルシャバブ内部では、ソマリアのイスラム国家化を目指す国内派と国際テロ組織アルカイダとの連携を重視し、聖戦を展開する「国際派」に分かれていたそうで、ゴダネ氏は国際派。彼の指導でアルシャバブの「アルカイダ化」が進んでいたのだという。

…アメリカが情報力と空爆の正確さを改めて実感すると共に、国際テロ組織への地上戦抜きの攻撃が多方面で始まったという感想をもった次第。政治的にも「イスラム国」への対抗も有志国で連携を深め、いよいよオバマも重い腰を上げざるを得なくなったようだ。

…今の世界の動き、私は不気味な感じがする。昨日今日とエントリーした戦争の世界史(下)の第8章の最後に、著者はこんなことを書いている。

実際、1914年8月に、ヨーロッパの諸大国が次々と、夢遊病者の不気味な密集行進のように戦争へと進んでいったいきさつは、われわれの時代の最も主要なディレンマを見事に象徴している。-それは全体を編成する個々の部分について調和と組織化の度合いを高めれば高めるだけ、かえって全体において不調和を発生させたり、もとからの不調和を一段と激化させたりしてしまうというディレンマである。

…アメリカは、今大きなディレンマを抱えながら、テロとの戦いを再開した。我々は上記の文章にある危険性を常に念頭に置きながら、注視しなければならないのではなか。

中公文庫「戦争の世界史(下)」 2

http://clydescouts.org.uk/post-roya
l_navy__amp__royal_marine_
assistance_for_scouting.html
中公文庫「戦争の世界史(下)」 を読んでいて、意外というのではないのだが、その記述にはっとさせられた部分を備忘録的にエントリーしておこうと思う。

イギリス海軍というと、七つの海を支配した歴史に名を残す大海軍なわけだが、アジア・アフリカの支配については、そのコストは安かったようだ。”ふと気がつけばいつの間にやら”大英帝国を手に入れていたという有名な文句があるそうで、戯画的誇張ではあるけれども決して間違いではないと著者は述べている。以後イギリスは、ヨーロッパにおいて、第二・第三の海軍力(たとえば、仏・露、後には独)を合わせても勝てる海軍力を持つというテーゼを持っていたようだ。しかし、それは、急激な技術革新によって、破綻せざるを得ない状態になっていく。本書には、細々とその辺の技術革新と政治そして経済構造についても詳しく書かれている。民間企業が発明した新技術を軍艦に活かすには、恐ろしく費用がかかる話なのである。しかも民主主義国イギリスの軍事予算がどうその多大な費用に対応したか、という点が面白い。イギリスでは、何度にも選挙資格の改定が行われている。1884年、グラッドストーンの自由党政府は、有権者の幅をかなり広げた。経済不況時、納税者のみで構成される議会ならば、税収の減少分に見合ったように政府支出を切り詰めるべきだという要求がでるのが当然であった。つまり技術革新が進まないはずだ。しかし、この選挙資格の変更で、政治の力学が大きく変化した。不況下では、追加的政府支出は望ましいものということになったのだ。特に、造船・鉄鋼業が不況であえいでおり、失業者は増加していた。経済政策としての軍拡が是とされたわけだ。こういう事情が、イギリス海軍の技術革新と建艦を大きく後押しすることになる。なるほど、と思う。

もうひとつ。倫理を専門とする私の琴線に触れた記述。(WWⅠの起こった)1914年当時、ヨーロッパの比較的都市化の進んだ地域では、男たちは戦争に行くことをちっともいやがっていなかった。公衆の意識のうちに、逆上とすれすれの好戦的熱狂がわきあがったことに対してなのだ。
…たしかに「映像の20世紀」で開戦時の熱狂を見た記憶がある。実は長年不思議だったのだ。この後、潜在的な不満分子(特に社会主義者や労働者階級)が身近な同胞への反発が戦争によってそがれた安心感、農村から都市に移り住んだ人々の心理的な緊張のはけ口などを、著者は挙げているのだが、それ以前にまずこう記述している。

「このような奇怪なまでに戦意旺盛な行動がとられた理由となると、それは推測することしかできない。愛国心とギリシア・ローマ古典研究とに重きをおく教育制度によって支えられた、英雄的行為を宗教的なまでに礼賛する傾向は、この現象の一因であろう。」

この「ギリシア・ローマ古典研究」「英雄的行為を宗教的なまでに礼賛する傾向」という部分である。先日も友人の英・豪国籍をもつ友人にも聞いたのだが、ギリシア・ローマの古典が欧米人にどのような影響を与えているのか、という事に私は大きな興味を持っている。ギリシア神話を学ぶアメリカの小学校教科書などを持っていたりする。だがこんなに直截的に書かれた記述は初めてだ。このことについては、またいずれエントリーしたい。

2014年9月5日金曜日

中公文庫「戦争の世界史(下)」 1

中公文庫の「戦争の世界史(下)」(W・H・マクニール著/本年1月発行)を読んでいる。文化祭準備でくたくたに疲れているのだが、なかなか面白いので、通勤時についつい読んでしまう。(変な表現だけど…。)今回の本は、珍しく下巻から読み始めている。と、いうのも本の帯に「訳者のあとがきより」として、「上下二巻ウン百ページの分量にためらっていらっしゃるのなら、まず下巻第七章の二つ目の節「新しい模範、プロイセン式の戦争」だけ読んでみてください。維新直後から昭和前期まで帝国陸海軍を呪縛しつづけた大先達の足跡が「統帥権」の起源を含めほんの30頁できれいにまとめられています。」と書かれていたからだ。およそ、その意味はわかった。近代陸海軍の参謀本部制度を意味しているのだろう、と。

もちろん、それ以外に面白いことがたくさん載っていた。意外な話としては、この頃の銃はほとんど先込式ライフルだった。つまり、銃弾を装填するのに立って行う必要があったのだ。プロイセンは、後込式のライフルを先駆的に使用した。と、いうことは、銃弾の装填のために立つ必要がない。様々な遮蔽物に隠れながら、立射、膝射、伏射、座射など様々な姿勢で撃つことができるわけだ。今ではあたりまえのことだが、プロイセンの兵は徴兵された素人兵がほとんどである。ビビッて弾をすぐ撃ちつくすのではないか、またそれまでの先込式で培われてきた戦術的な機動性(弾込めから一斉射撃に移る一連の流れ)が失われるのではないかと心配されたのだという。

対するフランスは、ナポレオン戦争以来の元気(エラン)と勇気こそが勝利の鍵で、プロイセンの制定した参謀のような知的な作業などいらないと信じる軍隊だった。しかもフランス軍は他のプロイセンを含めて一般に貴族が将校になっているのだが、フランス革命以後下士官からのたたき上げの将校が多く、さらに徴兵制ながら、他人に金を払い、代人を立てることで忌避することができた。代人としてうってつけだったのは古参兵だった。彼らベテラン軍人は金を得て長期勤務することになる。まさに、上も下も戦争のプロ集団だったのだ。

プロイセンは、参謀が知恵を絞る。下士官の代表を各部隊から選び、後込式ライフルの使用法と戦術をワークショップするのだ。それを各部隊で周知徹底させたのである。普仏戦争はまさに、知的な参謀の指揮する後込銃をもつ、訓練された素人軍団対フランスのプロ集団の戦いだったのだ。その結果は、日本陸軍がプロイセンを模範にしたことで、おのずと明らかである。

もちろん、普仏戦争に対するその他の視点がこれでもか、というくらい詳細に書かれている。こういう話、なかなか興味深い。教科書の行間を埋める重要な話の宝庫である。

2014年9月4日木曜日

毎日 アフリカの「イスラム国」事情

http://blog.livedoor.jp/nappi11/
archives/cat_62524.html?p=19
関空開設20周年だそうだ。私は、成田からの2回(JICAの視察旅行でケニアに行ったのと、前任校でのアイオワ行き)以外、全て関空から海外に行っている。そうか、20周年かと、いうことで昨日エントリーしたフライトレーダーで、航空管制官になった気分を楽しんでいた。全く飽きない。関西だけでなく、アメリカやアフリカ、ロシアのシベリア上空などをリサーチして楽しんでいる。

ふと、凄いことを発見した。ウクライナ東部を各国の航空機が避けている。(当然か。)それからシリア、イラク上空もぽっかりと空いた空白地帯だ。アフリカもエボラ出血熱の関係で航空路線が止められているようだ。西アフリカからナイジェリア上空など航空機があまり飛んでいない。(時間帯の関係かもしれないが…)

かなりテロ組織の対空兵器に各航空会社がピリピリしているのが感じられる。さて、今、大きな話題の「イスラム国」だが、昨日(3日付)の毎日の朝刊によると、ナイジェリアのボコハラムがそのテロの模倣をしているようである。女性による自爆テロ。先日もエントリーしたように、ボコハラムは、アルカイダとイスラム国の両者(対立しているのだが…)を支持しており、自組織を「カリフの支配する地域」と宣言している。背景には、イラクの油田を押さえたイスラム国が闇市場で売り、巨額の収入(1日2億円以上といわれる。)を得ている故に、その資金や物資を必要としているのではないかという推測も流れているという。また、欧米のソマリ系の若者がソマリアのイスラム国に参加する傾向が目立ち始めているとも。

ここにきて、アメリカの「反イスラム国」路線が顕著だ。今日の毎日・夕刊には、副大統領が「地獄の門まで追い詰める」という過激とも思える発言したという記事。オバマ政権もついに本気で動くようだ。アメリカの世論調査でも、先日のジャーナリスト処刑が大きく影響しているようだ。一方、エジプトのイスラム学者による公式なファトワ(宗教令)として、世界のメディアに対して、イスラムのイメージを損なうとして「イスラム国(IS)」という表記を使わないように要請したという。アルカイダ分離主義者(QS)がふさわしいという呼称の代案まで出しているという。これも夕刊の記事。

…何度かエントリーしたが、カリフをいただく「イスラム国」という名称は、たしかに凄い。エジプトのファトワもわかる気がする。ますます多くの国を巻き込んで、何が起こるかわからない。

2014年9月3日水曜日

読売 政府専用機がアプリで…

http://www.flightradar24.com/about
水曜日なので、いつもとは違うモーニングの日。ここの喫茶店には日経がない。読売新聞しかないのだ。仕方なく読んでいると、読売のスクープ記事を発見した。スウェーデン製のスマホの専用アプリ「フライトレーダー24」という、世界中の民間航空機の現在位置を確認できるアプリがあるそうだ。空中衝突防止のために各機が発しているADS-Bという信号を世界各国のマニアの協力を得て集約しているらしい。凄いな。私はガラケー派なのだが、イスラムのキブラ(メッカの方向)を知るためのアプリと共に、もしスマホに変えたら、このアプリは欲しいな。300円らしい。300円で、きっと一日中楽しめるよなあ。

と、スクープ記事から本題がそれてしまった。実は日本の政府専用機(今はまだB747である。)も、このADS-Bという信号を発して飛んでいるので、このアプリを持っている人にはその飛行経路がバレバレだったらしいのだ。政府専用機といえば、天皇陛下をはじめ首相や重要人物が乗るわけで、大きな安全管理上の問題があるわけだ。政府専用機は、記事にもあったが、航空自衛隊が運用している。読売の記者がこのアプリの存在を知り、羽田に着いた政府専用機を追うと千歳の航空自衛隊基地に向かっていたので、千歳で確認したら、情報どうり到着したというわけだ。防衛庁は、唖然としたという。結局、スウェーデンのアプリ会社に是正を求めたのだという。

ちなみに、アメリカの大統領が乗るエアフォース・ワンは、最初からADS-Bを発していないそうだ。それはそれで凄いなと思う。

WEBでフライトレーダー24を検索した。すると、PCでも見れる。これは凄い。
イスラエルのエルアル航空機はどうだろうかと、イスラエル上空にあわせて見た。やはりADS-Bを発していたのだった。当然といえば当然だが、もし発していなかったら、それはそれで当然かも。

2014年9月2日火曜日

”WICKED” その8 焦燥

秘密裏に進められているCM製作
昨夜は、目がさえて眠れなかった。疲れているのだけれど、文化祭のダンドリを考えてしまう。たとえば、CMの撮影が始まっているが、カメラのバッテリーをチャージしなければならないとか。大道具の制作方法とかのアイデアや、どう指示すればいいかとか…。

わが4組がやろうとしていることをやりきるには、実はかなり時間的に追い詰められている。とはいえ、私が大号令をかけて指示するのはやはり避けたい。学校に着いて、SHRの前にクラスの男子を何人か呼んだ。短い指示。「信頼する君たちに告ぐ。このままでは、当日までに舞台の演技も大道具も、CM製作も間に合わない。リーダーたちで相談せよ。モノの手配、人の手配。生産性を効率的に向上せよ。」政治経済の授業を受けている彼らにはこう言うほうがわかりやすい。40人の生徒をいかに効率よく文化祭の作業に振り向け、生産性を最大にするかという経営学である。(笑)「言うてる意味がわかるかあ?」「はい。」「うん。みんなと相談せよ。あとはよろしく。」

終わりのSHRに行ったら、団長のA君と総務でプロデューサーのN君が前で、皆を鼓舞していた。「このままでは出来ない。みんなの強力が必要や。」「みんな、やろなあ。」皆も真剣に聞いている。私は、腕組みして見ているだけである。いいなあ。これでこそ3年生だ。わがクラスの池に朝、ポーンと小石を掘り込んだ。放課後には見事に水面に同心円が幾重にも広がっていく。

掃除の時間、さっそく大音響で皆が舞台で合唱するWICKEDの曲が流れだした。掃除をしながら口ずさむ生徒も。(笑)いいなあ。みんなさっと自分のやるべきことに散って行った。CM製作も、男子2人がずっとアシスタントした影響で、ずいぶん進んだらしい。横で見ていてくれた副担任のY先生も驚いていた。男子を中心に大道具も一気に進んだ。

若い頃に学んだ大乗仏教用語に「一念」という語がある。中心者の「一念」ほど物事を進める上で重要なことはない。今回はイベントとしてやろうとしていることが、おそらく長い教師生活の中でも最も難しい内容だと思う。だからこそ、私自身も苦しいのだ。だが、今日一日で少し前が開けてきた。

2014年9月1日月曜日

日経 開発経済学から中国を見る

http://gc.sfc.keio.ac.jp/class/2005_14178/slides/11/6.html
8月28日の日経朝刊の「経済教室」・川島博之東大準教授の「アジアと中所得の罠(下)中国、農村部の発展に挫折」は非常に面白かった。メモするにも膨大な量になるので、モーニングの後、わざわざコンビニで日経を買い求めたのだった。自分自身の思索も含めて、じっくり寝かしてエントリーしてみた。

「中国の発展は開発経済学をあざ笑うものといえよう。」川島先生は論の最初にこう述べている。開発y経済学は途上国が発展するために、先進国からの援助、農村開発、民主主義の導入、汚職のない政府、人権の尊重などを主張してきたが、中国の発展はこれらをすべて無視したものであったからだ。たった30年で、「G2」米国と対等に渡り合うまでに成長したが、とても開発経済学の教科書にお手本として載せるわけにはいかない、と。

中国がこれほど急速に経済発展を遂げることが出来たのは、強力に工業化を押し進めたからに他ならない。途上国における経済発展とは、農業国が工業化することである。

工業化には勤勉で均質的な労働力が必要になる。この点において、中国共産党が建国以来科学的社会主義を掲げて因習を打破し、男子だけでなく女子にも初等・中等教育を普及させていたことが功を奏した。良質な労働力が用意されていた。川島先生は、特に長江以南で稲作が広がっていたことも大きいと考えている。稲作に必要な協調性が有効に働き、故に中国の工業化は広東省や浙江省などで始まっている。資本を集めることに成功したのは、農民に農地の所有権がなかったことが大きい。地方政府の周辺に作られた公社が都市周辺の農民から農地の使用権を安く入手し、それを整地して開発業者に使用権を市場価格で売却した。その売却益が地方政府の経済発展の原資となった。経済が発展し始めると、農民を置き去りにして、都市に住み工業に従事する人々は豊かになった。

長期的に見ると、農産物の生産量の増加は人口増加に等しい。静的な産業であり、工業のように年7%などといった目覚しい発展を遂げることはない。しかし、この基本原則を農業研究者や農政官僚、地方政治家は理解していないようだ。経済発展=工業化であるのだから、農業振興策をいくら打ち出しても、農業発展で地方が豊かになることはない。そこで2億人といわれる「農民工」=都市流入者が生まれる。これといった技能を持たない農民工の収入は低い。背後には7億人の農民がいる。中国の全人口の7割の農民は、経済発展から取り残されている。

開発独裁で工業化を推し進めることは歴史的に見て難しいことではない。しかし、農村の相対的貧困化が進み、流入した農民が都市でスラム化し、治安や政治的不安定を生むことも多い。メキシコやブラジルが失速した理由もそこにある。これが「中所得国の罠」である。中国ではスラム街はないようだが、都市と地方の格差に苦しんでいる。

日本の場合、61年に農業基本法を制定、農業振興を図ったが報われることはなかった。農村の貧困化は自民党に危機感をもたらし、田中角栄の日本列島改造論に繋がる。地方を工業化し、交通インフラで結ぶという列島改造は第一次石油ショックで軌道に乗らなかったが、思わぬ副産物を生む。公共事業による地方の雇用創生である。公共事業は農工間格差を是正し、日本を均一的に発展させる上で大きな役割を果たす。もちろん、地方がいつまでもいらないダムや道路の建設を続け、地方の自主性や創造性を失い、平成になってから地方が苦しむ一因となっている。

中国の農工間格差に役人の汚職が加わり、貧富の差が天文学的オーダーとなってしまった。同じ中心国のタイも農村部にバラマキ政策を続けたタクシン政権以後政治が著しく不安定化している。日本が中進国の罠から抜け出した経験は誇るべきものである。日本は自らの経験を、メリット・デメリットを含め積極的に教える必要がある、それはアジアの政治の安定に繋がる。

…開発経済学から見て、日本列島改造論に始まる地方の(ちょっと悪意のある言い方になってしまうが)土建政治が、中進国の罠からの脱却であったというのには、言われてみればなるほどと思うのだが、その後のデメリットの方にどうしても目が向くので驚きをかくせなかった。民主的な日本では、汚職への透明性、や公共工事への信頼性などがある程度補償されているので、有効な政策であったとは思うが、中国ではかなり危険な政策かなと思ってしまうのは私だけではあるまい。